梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

南米へ  

10月11日(木)
マドリーはいつもの宿(gran via)に宿泊。Corte-inglesでlonely-planetやデジカメのメディアを購入。
Swiss Air この飛行機にしたわけは、例の9.11の影響でイギリス系とアメリカ系の飛行機会社を避けたからだ。しかし、考えたら、マドリーからZurichへ一度戻る形になるのはかなりの時間のロスだ。
Swiss Air 0657便    
Madrid 17:10  Zurich 19:20 Buenos Aires
 22:45 09:10
所持金は以下の通り
US$   3000 T/C 2000
日本円  275000 

category: アルゼンチン

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ブエノス・アイレス  

10月12日(金)2001年
無事、アルゼンチン着。Ezeiza国際空港。出国税で18ドル取られる。税金のおまけつきで22$なり。ところで、信じられないことだが、この国は今、ペソとドルが対価になっている。空港からバスに乗りセントロへ向かう。11ドルなり。
バスを降りたところからホテルまでが大変だった。20分ほど汗をかきかき石畳の狭い道を荷物を引きずって歩く羽目になる。ホテルといっても実態は古びたペンション。それでいてシャワーつきだから25ドルだという。信じられない高さ。ほかも同じような値段だった。諦めてこのホテルに決める。後でわかったのだが、このホテルのいいのは、町の真ん中にあり、地の利は抜群である。

ブエノス・アイレスのホテル

さっそく、シャワーを浴び、その後洗濯をする。洗濯物を干しに屋上に上がったのだが、そこから見える町の風景はかつてバルセロナのバリオ・チーノの安宿にいたときを思い出させた。
今回のテーマのひとつは日系人だったので、さっそく日系会館に向かう。ブエノスアイレスには地下鉄が走っているので、それで行くことにする。狭い車両はすし詰め状態。そこかしこにポリシアがいるのには驚かされた。きっと治安が良くないのだろう。駅を出て地図を頼りに歩くがなかなか見つからなかった。
日系会館は思ったのとは違ってこじんまりした建物だった。僕にとってアルゼンチンの日系人というのはあまり想像ができなかったので、中にいる人に興味があったが、あいにく駐在員のような人にしか遭えなかった。
日系会館 Av.Indipencia 732 Tel/Fax (011)4300-1182/9538
 定食12$+ビール2本=16$チャーハンは卵が多く、さらっとしていてうまかった。具も赤ピーマンやいろんなものが入っていたし・・・どれもスペインのよりおいしい。しかし、値段が高い。帰り道下町を歩いていると、地元の人相手の定食屋が何軒かあったが、4ドルほどでうまそうな食べ物をだしていた。この値段でも、700ペセタだから、この国の物価はかなり高い。

 下町の雰囲気はかつて20年ほど前に歩いたマドリーのGran Via のような雰囲気だ。ペルーのリマの町にも共通するものがある。人の多さ、・・街の臭い、・・・ごちゃごちゃした商品陳列。

 本日の出金
●リムジン(小型バス)      11ドル
  ●昼食              16ドル
  ●タバコ             1.8ドル
  ●ホテル             25ドル
  ●地下鉄(subte) 0.75ドル
  ●夕食              6.5ドル      計61.05ドル

中華バイキングはまずかったけど、食べ放題っていうのがよかった。それとサラダが食べられたのは助かった。

<ブエノス・アイレスの印象>
南米特有のほこりっぽいというか薄汚れたという感じ。(これは僕が下町しか見ていないからかもしれない。車がかなり古く、旧式のフォードなんかが走っていた。
人々が全体におとなしそう。街中にはあまり客引きがいないし、かなり安全な印象。これは警官の数が多いことと関係しているかもしれない。地下鉄でもガードマンのような人が大勢いて、物騒な感じはしなかった。(つい最近までここは軍事独裁の国だったことを忘れてはいけない。)
物価はかなり高い。宿はモロッコで泊まるようなところで25ドル→5000ペセタもする。ただ、この宿のmaipuはお湯だけはすばらしい。おかげで初日から張り切って洗濯ができた。宿のオヤジは温厚でとてもよい。
食事はパリージョ(ボカディージョのようなもの)で済ますと2ドルほどであがる。Lonely Planet P119にダーウィンが賞賛したという記事がある。
<旅装>
トレーナーは正解。ゴムぞうりはもって来るべきだった。
携帯に湯沸かし器は重いが重宝している。さっそくお茶も飲んだし、こんなに物価が高いとコーヒーとかを沸かし、パンで簡単に食事をすればかなり安く上がる。
本は持ってきすぎ。
その他。バッテリーなどこまごましたものを持ちすぎ。

<本日の行動>
空港→リムジン→セントロ ホテル着 12:00
地下鉄で日系会館。帰りは歩き。
シエスタ。夕食は近くで中華バイキング。

category: アルゼンチン

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ブエノス・アイレス  

10月13日(土)快晴。
屋上の洗濯物がすぐに乾いたぐらいの快晴。

午前中。PL/mayo まで散策。PLの規模の小さいのに驚く。ここは確か、軍事独裁政権でミッシングになった人たちの母親が毎週集まっていた場所だと記憶している。

昼食は炭火焼の店でビーフサンド(Vacio panといって炭で焼いた肉を挟んだもの)を食す。うまい。しかも安い。2ドルなり。

夕方(15:00)モンテビデオ行きのフェリーの切符を買うため外出。宿のオヤジの話ではすぐ近くだと聞いて出かけたのだが、フェリー乗り場が見つからず、地図を片手に右往左往。余禄でレティロ駅(ここは古い建物だがすばらしく立派な駅。ゲバラが二度目の放浪の旅に出発した駅でもある)やバス駅(レティロ駅のすぐ裏)などが見学できた。そして歩くこと1時間、フェリー乗り場はなんと宿から4ブロック離れたところにあった。歩いて10分ほどの距離だった。
明日は9時発。8時チェックインとのこと。

夕食はもう一度昼間いった店に行き、Parilla(炭焼き肉ミックス)に挑戦。しかし、席についてすぐにめまいが襲ってきて、意識が薄れそうになる。その場で倒れるのではと不安になりながら、肉が焼けるのを待つ。やっと注文の品が来たときにはこのまましゃんとして食事をするという自信がなくなっていた。それほどふらふらの状態だったのである。考えてみると、その時間はスペインでは夜中の1時頃(時差5時間、夏時間)で、単に睡魔に襲われていただけなのかもしない。食事は中断。すごいボリュームの牛、鶏、チョリソをテークアウトにしてもらうことにして宿に帰る。宿で食してみるがまったく食欲なし。就寝。
夜中、1時頃目が覚める。猛烈な鼻水とくしゃみ。さっそく持参の薬を飲む。どうやら風邪を引いていたようだ。いまはかなり回復。(鼻水をだらだら垂らしてはいるが)明日、モンテビデオには行けそうだ。

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ウルグアイ(モンテ・ビデオ)へ  

10月14日(日)2001年 Buenos Aires →Urguay(Montevideo)
5:30起床。体は回復。出発決意。
9:00出発。 


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ラ・プラタ河
ラ・プラタ河

ブエノスアイレス~コリーナ~バス~モンテビデオまでの料金は25ドル。

最初、船には吹き抜けのサロンがあるほど豪華なのには驚かされた。

しかし、エコノミークラスのキャビンに入ると皮の椅子が破れてボロボロだった。一応、国際航路なので免税店もある。昔の栄華と今の経済苦境がよくわかった。

ウルグアイの作家のカルロス・オネッティの「はかない人生」でもこの航路が出てくる。ついでにモンテビデオは、「マルドロールの歌」で知られるロートレアモン伯の出身地でもある。

船中で両替。175ドルが2240URF 1ドル=12.8URG 円換算だと100円=10Urgぐらい。

モンテビデオの宿はAramaya 20ドルなり。写りの悪いテレビがついているのが唯一の取り柄。評価は最低。お湯は出るが部屋は真っ暗。支払いはドルを要求するし・・

風邪は治らない。夕食は近くのマックでテークアウト。

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ボリビア〜アルゼンチンへ  

12月10日(月)2001年  Villazon →Quiara→Jujuy


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ボリビアの鉄道は時間に正確だし、特にExpresso del Sur のような列車はトイレも室内も掃除が行き届いていて、清潔なのには感心させられる。

下の写真は乗り換えのために止まった「ツピサ駅前の野外食堂」

11:35 定刻どおりVillazonに着く。タクシーを拾い国境へ。ボリビアからアルゼンチンへ無事通関をおえる。タクシーでバスターミナルへ

まず荷物を一時預かり所に預け、対面のレストランで昼食。ミラネッサとコーラで4ドル。

14:00 Salta行きのバスに乗る。例の電車で一緒だったスウェーデン人のカップルも乗ってきた。Tres cruces(Quiaraから一時間ほど走ったところ) の通関事務所前でバスはエンコ。現在、17:47だが、いまだ復旧の見通し立たず。

やっと代替のバスが到着して、出発。しかし、これも2Hほど走ったところでアウト。三度目のバスに乗り換え出発。Jujuy到着23時なり。やむなくバス駅の近くの宿に泊まることにする。

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Mendoza(メンドーサ)  

12月11日(火)Jujuy→Mendoza


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さて、1ペソ=1ドルという固定相場制は変わり、1ドル=1.4ペソということになった。しかし、その恩恵には浴せず、銀行でも1ドル=1ペソと言うし、ドルを買うときだけは1.4ペソだそうだ。いい加減な話で参っている。

San Salvador de jujuy の町は意外と立派で真ん中を流れる川(Rio Xibi Xibi)が美しい。水はあまりないが、土手には木と草が茂っていてなかなかの景観を作りだしているのだ。

Rapido社という大手の会社でMendoza行きのチケットを買う。35ペソ。12:15発で20Hの旅。しかしまたもや遅延。13:30出発。2Fの一番前の席で、見晴らしが良いので退屈しなかった。

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メンドーサ・バス長旅  

12月12日(水)2001年

→Mendoza(20Hのバスの旅)

11:00 Mendoza 着 バスの一時荷物預かり所で荷物を預け、宿探し。駅周辺は20ドルと高い。センターのほうに歩きホテル・ガリシアを見つける。15ペソ。
次にカードでペソを引き出す。
昼はホテルのお姉さんのお勧めで「Las Tinajas」というバイキング形式の店に行く。食べ放題のコース+コーラ=8ペソ。ここの中華はこれまでで最高。ほかにもステーキ、サラダどれも美味なり。

昨日、Juyjuyで両替したペソはここでは「使えない」と3度も断られる。昨日入手したペソは「ブエノス・アイレス州のお金だそうだ」いったいどうなっているのかがわからない?地方通貨?政府の通貨は?1ドル=1ペソの変動相場制に移行したが、銀行の前には長蛇の人々の列。どの人の表情も浮かぬ顔つき。一日の引き出し制限がなされているそうだ。

Mendozaの町はずいぶん大きく華やかだ。ここはワインの一大生産地だそうだ。この町の人々は背が高い。特に女性が大柄なのだ。これはどういうことなのか?肉食の影響か?それともドイツ人の血が混じったのだろうか?先住民の姿は見かけない。白人が圧倒的に多いのである。

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Ushuaia (ウッシャイア)  

12月15日(土)2001年  →ushuaia  念願のフエゴ島にきた!


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8:30のバス→21:15着 ウシャウイア近くの景観がすばらしかった。
ホテルがどこも高くて、しかも空き部屋がなく、宿探しに苦労する。
ウッシャイア

12月16日(日)晴れ。

10:00のバスでMartial 氷河へ。ロープウェイに乗って氷河の張り出しまで行く。
ウッシャイア





アメリカ人のランディイと一緒。彼は自転車で南米を回っているとのこと。
アメリカ人のランディ

ウッシャイア自画像






夜。Centolloを食す。14ドルなり。サラダ、アサドほか5ドル。ワインとビールで33ドルなり。セントージョは冷凍もので、水気がした。

洗濯物は宿の管理人のPedroがやってくれた。ただし、6ドルなり。
ここでは何もかも高い。

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Rio Gallego( リオ・ガジェゴ)  

12月17日(月)くもり 

6:30のバスでRio Gallegoへ。料金は40ドルなり。Hotel Covadonga 24ドル。部屋はきれい。テレビつき。Bañoも4つあり共同の不便さがあまりない。室内に洗面設備Lavoあり。
夕食:ステーキ(1/2)サラダ、ワイン半ビン、水・・・22ドルなり。
C/rosa(繁華街)を散策。若者の姿がやけに目立った。(若者といっても10代)彼らが建物の入り口に座り込んでいるさまは、渋谷と一緒。服装はそれなりに先端で親たちが買い与えているのだろう。この町は羊の皮と貿易で成り立っているということだが、親たちはそれなりの収入があるということになる。
アルゼンチン南部の物価の高さには、それにしても驚かされる。ズボンが80ドル、靴が80~90ドルはざら。1ペソ=1ドルという相場が今なお尾を引いているということか・・・

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Carafate(カラファテ)  

12月18日(火)2001年  Rio Gallego →Carafate


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9:00出発。 Interlago社のバスで18ドル。こちらのバスは乗客が数人。大半の客はPinquino社のバスに乗っていた。その理由がしばらくするとわかった。こちらのバスのドアはしっかりと閉まらず、風が吹き込んできたのだ。一体あちらの乗客はそうした情報をどこで仕入れてきたのだろうか?でも、こちらはゆったりと座れ、僕は一番前の見晴らしの良い席だったので満足だった。

Carafateもすべて高い。何軒か歩き回ってHospedaje Torito に投宿。15ドル。風呂は共同だが、客はいないみたいだ。

街中でTimberland の靴(125ドル)とColunbiaのカーゴパンツ(80ドル)を買う。

昼はTenedor Libre 12ドル。夜はうまいステーキとサラダ22ドル。やけくそで浪費しているみたいだね。

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