梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

アスンシオン(Asuncion)着  

10月20日(土)2001年  Asuncion着


より大きな地図で モンテ・ビデオ〜アスンシオンへ を表示



ホテルMiami C/mexico 449 casi 25 de mayo tel 444-950 USドル11.
ほかに内山田旅館。ここでは11ドルで日本食の朝食がつくそうだ。

通貨について:1ドル=3303グアルラーニ 

バスは予定通り、アスンシオンのバス駅に到着。そこからタクシーでホテルマイアミに向う。18000G=4ドル。
9時にホテル着。朝食付きで50000G=11ドル。部屋には今回の旅行で初めて窓が外に向いてついており、クーラー、テレビも完備。
シャワーを浴びた後、洗濯物を持って外出。Lavanderiaでは5000Gで洗濯をしてもらえるとのこと。(夕方上がり)帰りに、PL de herroesまで歩く。
バス(1200G)でMercado 4へ。すごい熱気の市場。韓国レストランを探すが見つかず、内山田旅館の「すきやき」で冷麺、餃子とビールを注文。冷麺も餃子もまあまあの味。7ドル。
帰路大雨。やむを得ずタクシーで帰宅。1.1ドル。  

Mercado 4の町並み
アスンシオン


<街の印象>
郊外の雰囲気はすばらしい。アフリカ、アジアと同じ赤い土と樹木、南方ふうの平屋の家など。ターミナルに近づくまで胸がわくわくした。
セントロはこじんまりしていて、これが首都とは思えない。まるで田舎町のようだ。
「スキヤキ」で日系人の電話帳を見せてもらう。この国にいる日系人の多さに驚く。沖縄に初めていったときのような印象をもった。(言葉遣いなどから)
山本さんという京都出身のおばあちゃんと話す。僕の小学校3年のときのクラスメイトの浅井(井口)さんの消息を尋ねた。彼女が突然家族とパラグアイへ移民で行くと聞いたとき、その国はどこだ?と興味をもったのを今も鮮明に覚えている。彼女は今はメキシコに行っているそうだ。残念。

夕方、洗濯物を取りに行くが土曜日なので閉まっていた。その後、ATMで暗証番号の押し間違えでMSSTER-BCHのカードがブロックされてしまった。やむなく、BBVAのVISAで240000Gを引き出す。9958ペセタ。お店はどこも閉まっているので、「スキヤキ」に行く。

『スキヤキ』のメニュー
にぎり寿司・・・33500         水炊き・・・23000
餃子・・・・・・10000         焼肉・・・・26500 
冷やし中華・・・14500         納豆・・・・・7000 
博多ラーメン・・18000         酢の物・・・・6500
スキヤキ・・・・23000         冷奴・・・・・7000
しゃぶしゃぶ・・23000 

category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0

アスンシオン  

10月21日(日)2001年 曇りー晴れ
朝、バス駅に時刻表(Foz de iguazu)を調べに行く。13:00発。
帰り道、Mercado4で下車。市場の中を歩く。日曜日で半分ほどの店は閉まっていた。それでもかなり迫力ある市場だ韓国レストランで焼肉、キムチ、ナムルを食す。抜群のうまさ。そして勘定はビール込みで25000G=1037ptsだ。
夕方、大統領官邸周辺まで足を伸ばす。日曜日で店はまったく開いていない。夕食は「広島」にタクシーで行く。片道15000G。
この店は「スキヤキ」より高級。冷やし中華、冷奴、餃子、鉄火巻き、河童巻き持ち帰り込みで59000G。

ここでパラグアイの日本人会の名簿を見せてもらう。
<パラグアイの情報>
イグアス日本語学校    (0632)20469 アルトパラナ県イグアス市
チャベス日本人会     (0873)570020
ヒラポ市天理教ヒポラ芳洋布教所  柊本奈津子所長
柊本木工所(京都出身)  (0768)230
ヒラポ市役所       (0768)260  市長工藤好雄
日本語小中学校―ヒラポ日本人会(0768)223 会長 久保武二
ラ・コルメナ市  富士見ホテル (0537)238
         ラ・コルメナ日本人文化協会 千葉玄治郎会長
パラグアイ日本語教育研究協議会 会長小倉正義 事務局長 岡本照子
                TEL/FAX(021)558-144 
パラグアイ三育学院 院長 栄田寛三 TEL/FAX(021)213754

category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0

イグアス移住地(Colonia Iguazu)  



パラグアイという国の存在は、小学校の3年生の時に、
担任の先生から「Aさんはこんどパラグアイに移民されることになりました」と告げられて初めて知った。
パラグアイがどこにあるかも移民がどういうものかもまったく理解できずに、ただ遠くの国に引っ越しするんだなあ、といのが率直な感想だった。

それ以来、パラグアイという国と移民という言葉は、しっかりと記憶のなかに刻み込まれていた。

南米の日系移民の存在は、その後ずうっと気にかかっていた。
前回、ボリビアに行ったときには「Okinawa」移住地を訪れた。
その時、2,3日滞在してしっかりと見ておかなかったことをあとで後悔した。

今回は、ぜひとも滞在しようと思い、宿があるイグアス移住地に行ってみることにした。

イグアス移住地への行き方
エンカルナシオンからシウダ・デル・エステ行きのバスに乗り北上。シウダ・デル・エステとアスンシオンを結ぶ道路と交差するところがKM30。ここでバスを下り、アスンシオン行きのバスに乗り西へ約10キロほどゆく。Km41という地点で下車。そこがイグアス移住地。
なお、乗り換えのバスがなかなか来ない場合はKm30でタクシーを乗ると35000グアラニー=700円ほどでイグアス移住地に行ける。





サンチャゴで同宿だった人から教えてもらった「福岡旅館」に向かった。
朝、8時のバスでエンカルナシオンを出発、12時過ぎにKm30に到着。
ここで炎天下、いくら待ってもバスが来ないのでタクシーで行くことにした。

「福岡旅館」・・・Iguazu農協のある通りに入る。鳥居のあるイグアス中央広場がある。そこの右手の体育館を過ぎ、右手の大きな通り(中央分離帯がある)を右折。100メートルほど行くと左手にある。敷地内にうどん屋の看板がある。
福岡旅館




敷地内の一軒家を貸してくださった。台所や便所とシャワー、ソファーにテーブル、ベッド3台。広々としている。朝食付きで1泊80,000Pyg=
1,600円ほど。
福岡旅館室内




食事は同じ敷地内にある「うどん屋」でする。
福岡旅館のうどんや




到着したときは2時前で、空腹に耐えかねていたら、好物の稲荷寿司と餃子のメニューがあったので、ビールと一緒に注文した。羽付き餃子だよ。
福岡旅館に着いてすぐに食べたお稲荷と餃子




その翌日の朝食がすごかった。
納豆に自然薯、目玉焼きと冷ややっこ、きゅうり、トマト、レタスのサラダ、ごはんにお味噌汁、漬物、それにアセロラのジュース、パパイヤがついていた。感激!
福岡旅館のパーフェクト朝食




category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0

移住地でのんびり  



もういい加減に出発しないといけない。
このままゆったりしていると、抜け出せなくなる。
というくらいイグアス移住地は快適な息抜きになった。

お世話になっている福岡旅館の目玉メニュー「鍋焼きうどん」
福岡旅館の鍋焼きうどん




国道Ruta7沿いのお店・Fazenda
fazendaで食べた



Fazendaで食べたとんかつ
とんかつ定食




イグアス農協スーパー
イグアス農協




みそ、しょうゆ、だしの素、カレールーなどなんでも売っている
農協のスーパーで売られていた缶詰


このほかに何軒も日本食レストランや食材店がある。




パラグアイの移民事業

パラグアイで移民事業が始まって来年で80年。パラグアイの移民事業はほかの南米諸国に比べると比較的新しい。移民事業が盛んになるのは戦後のこと。



二国間関係 - 移住史
太字の部分をクリックすると元の記事へジャンプする。






開拓したイグアスの原野
開拓した原野



開拓当時のイグアス中央公園のあたりの風景
昔の中央公園




現在の中央公園・・・・鳥居が建てられている。
イグアス移住地中央広場の鳥居


この写真の説明文には「入植の第1歩は斧や蛮刀による原始林伐採から始まった。現代では自然破壊の謗り、しかし、当時は生きるための開拓。」と記されている。
移民事業・開拓植民の持つ負の側面をやや苦し紛れに弁解しているように読み取れる。
開拓の言い訳


本職の大工がほとんどいないので、素人の移民たちがこうした家を自分たちで建てた。
開拓当初の家



移住者の家族
移住者の家族





パラグアイの日系移民のもたらした不耕起栽培というエコロジカル農業が大豆生産を飛躍的に伸ばし、パラグアイを今や世界第5位の大豆輸出国に成長させたという。
不耕起栽培のプレート






植民・移民についてあれこれ思ったこと


移住地と鳥居の関係について

イグアス中央公園には立派な鳥居が建っている。
なぜ鳥居があるのだろうか?
考えてみたら、日本の植民地や移住地には鳥居はつきもののようだ。
旧満州でも見たし、サハリンでも石の鳥居があった。ブラジルのサンパウロのリベルダージにも真っ赤な鳥居があった。
日本国民はほんとうに鳥居が精神的支柱なのだろうか?
それとも拓殖事業を推し進めた組織による押しつけなのだろうか?
自分のように京都で育ち八坂神社や平安神宮、伏見稲荷とそこら中に有名な鳥居がある環境で育った人間だが、望郷の念が鳥居に結びつくことはない。
ほかのひとは望郷の念が鳥居と結ばれるのだろうか?
どことなく違和感を感じながら鳥居を見ている。


植民・開拓と自然破壊について

きわめて一般的な話だが、例えば北アメリカやオーストラリア、ニュージーランドへのアングロサクソンの移民・植民の歴史を見ていると彼らがしてきたことは明らかに自然の全破壊である。原生林を根こそぎ絶やしてしまい農業の地へと変えてしまった。
しかも彼らは自然だけではなく、そこに住んでいる原住民すら抹殺してしまっている。北米インディアンやアポリジニ、マオリなどの虐殺。
自然破壊反対運動の主要なリーダーである彼らは自らの出自に無自覚なだけでなく、ほぼ「お笑いの対象」ですらあるのだ。

パレスチナにおけるシオニスト・ユダヤによる植民というのも同じようなものだ。

我が国の場合にも、旧満州国移民の暗い過去がある。

そうし移民・植民のもつ負の側面(自然破壊と原住民排除)をしっかりと肝に銘じておかないといずれ排斥運動に見舞われる。




category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0

アスンシオン(Asuncion)へ  






10時前に宿を出た。
バス停に着くと予想どおり10時のバスが来たのだが、満席で乗せてもらえなかった。
その後、10時半にもう1台やってきた。これには乗れた。
喜んでいるのもつかの間。車内には空席はない。仕方がないので立ったまま。
すると、すぐ後ろで子供が吐き出す。
床が汚物まみれ。乗客は意外と寛大だが、当の子供の親は最悪の母親。汚物をなるべくまき散らさないように配慮するとか、子供に食べ物を控えさすとかしない。もちろん謝りもしない。



立ったまま1時間半が過ぎた。
階段口のスペースにいたオヤジが僕を呼んで隣に座らせてくれた。
座席ではなく床に座っているようなものだが立っているよりはましだ。
この状態で1時間。

右のボックスのようなところに座っているオヤジの背後のスペースに座らせてくれた。
ボックスの上に座っている


次に偶然オヤジの前の席(上の写真で写っている太い腕のおばさんが降りた)が空いたのだが、オヤジは僕に座れと言った。あんたこそどうぞと言ったのだが、いいから座れという。お言葉に甘えて座った。
周りには立っている人が10人ほどいた。
うとうとすること1時間。バスが停まると、僕に席を譲ってくれたオヤジは降りて行った。ありがとう!

立っている乗客
立っている人 バス内



このバスはそれこそ今までで最悪のバスだった。
またまた、先ほどの子供が僕の横の通路を吐きながら通り過ぎて行った。母親は知らぬ顔。汚物のたまりがすぐ横に2か所ほどできた。
それでも周りは寛大。子供だから仕方がないじゃないか、ということなんだろう。
妙に感心した。偏狭な自分に少し嫌悪感。反省!

5時間走ってアスンシオンに到着。ただ、アスンシオンの市内で5か所ほど停車するので市内に入ってからけっこう時間を食った。

バス・ターミナルに着いて、切符売り場に次の予定地カンポ・グランデ(ブラジル)行きの切符を買いに行った。
Cometaバス。180,000Pyg=3,600円。円のレートを計算しやすくと50にしているので実際はもう少し高い。それにしても国際線のチケットにしては安い。今日の5時間乗ったバスも1,200円と安かった。パラグアイの交通費は割安だ。

この時点で少し悩んだ。時間は4時半過ぎ。あと5時間の待機で次のバスに乗れる。
それとも今日は5時間も移動したのだし、疲れているだろうから、移動は明日にしたほが良いのではないか・・・
自分の年を考えに入れておかないと・・・

結論としては明日の移動に決定。

アスンシオンで1泊。
となると昔泊まらなかった「内山田旅館」に行くことにした。
「内山田旅館に行ってくれ」とタクシーの運転手に言うと「スキヤキね」との返事。そうか、日本レストランのスキヤキのほうが有名なんだと納得。

内山田ホテル(旅館から改名)。右が旧館。左が新館。真ん中が日本レストラン「スキヤキ」
内山田旅館とスキヤキ

受付で「新館か本館かどちらにするの?」と聞かれたので、「安いほうでおねがいします」というと、「安いほうは145,000グアラニー」との返事。

現金で支払うと値引きがあり、124,000Pyg=2,500円になるという。
評判の朝飯付きで、この値段ならと納得。

部屋にいって驚いたのは風呂場には日本式のバスタブがあったことだ。
ツインベッドで風呂付、エアコン、冷蔵庫つき、NHKの国際放送が写るテレビと建物は古いがコスパは良い。


こんなバスタブ。
日本式の風呂



一段落して、宿に隣接してい日本レストラン「スキヤキ」に行った。
この店は昔来たことがあるが、以前の店とは違って大きくなっていた。新しくできたのだろう。

焼き魚定食とビールを注文。(写真を撮るのを忘れた)
感想はとくになし。


なんだか、この日のブログはアスンシオン到着以後が、とげとげしかったので後日、訂正した。
別にそれほど怒ってはいないのだが、文章にすると怒り満面っていう感じになっている。
玉が小さいなあ!(器が小さいという意味)


追記
ブログを書いた後に朝食をとりに食堂に行った。
評判通りのすばらしい朝食だった。
写真には写っていないが、デザートもついていた。
自分は気づかずに食事を終えてしまったのだが、このほかに冷ややっことかキムチなども用意されていた。
いわゆる和風バイキングというやつだ。
内山田の朝食

category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0

全く変わっていなかったメルカド4  

高層ビルところどころに建ち、道路もむき出しの赤土ではなくなっている。
アスンシオンの町は変わったといえば変わった。
しかし、庶民の台所のメルカド4は昔のままだ。



メルカドーナ4の前の走るバスは15年前と同じだった。
Mercado4あたりで見たバス1




見たバス2




見たバス3



ぎっしりと立ち並んだ露店も変わらない。
メルカド4の露店1




メルカド4の露店2




メルカド4にある韓国料理店「江南」。ここも昔入ってことがある。よくぞ見つけることができた。ダメもとで露店の兄さんにこの辺に韓国料理店はないですか?なんて聞いたら、すぐそばだった。しかもその店が見覚えのある店だったのだ。おばさんが昔と同じようにぶっきらぼうだった。
メルカド4にある江南




冷麺を注文したのだが、「辛いの?」と聞かれたので簡単に「はい、辛いのでお願いします」なんて言ったのが大間違いのもと。辛すぎで食べるのに一苦労。挙句の果てには宿を出る直前に強烈な下痢になった。
江南で食べた冷麺 辛すぎた



category: パラグアイ

tb: 0   cm: 0