2001/10/22

サンパウロへ

10月22日(月)2001年 Asuncion →Sao Pauro
朝一番にLavannderia に洗濯物を取りに行く。その後、バリクエアーの支店でエアパス(ブラジル国内5フライトのセットチケット)とAsucion →Sao Pauroのチケットを購入。869ドル。

昼食は昨日の韓国レストランへ。冷麺、キムチ、ビール 19000Gなり。
ホテルから白タクで空港へ 35000G
16:25発→サンパウロへ。



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Sao Pauro 市内へ リムジン15R  1ドル=2.64R    
 
池田ホテル:R.Condselheiro Furtad 324-1 tel 270-8733
「地球の歩き方」の紹介記事とはまったく違い、バスはシャワー、テレビはなし。36R=13ドル。だだっ広い3人部屋。ベットが3つもある。

夕食は腹の調子が悪く、いったん街に出るが引き返す。「ゆうげ」を飲む。ラジオ<ラジオ日系>をつけてみると日本語放送をやっている。
都 はるみ‘女の海峡’三橋 美智也‘りんご村から’など。・・・・・おかしい。
2001/10/23

サンパウロ

10月23日(火)2001年  Sao Paulo
Liberdad を歩く。6年前に歩いた街並みはそれほど変わっていなかった。寿司弁当、お茶、味噌汁、水などを買う。一度ホテルまで戻り、長袖シャツを買いにPlaza セーに出かける。ここは泥棒が多いので、気をつけろとホテルのおじさんに注意される。長袖39R(14.7ドル)、ぞうり10R(3.7ドル)、風邪薬14Rを買う。1ドル=2.64Rの計算 1ドルを104円とすると1レアル=40円
昼食は「あすか」というラーメン屋に行く。冷やし中華と餃子、ビールを注文。20R=800円なり。店のつくりはかなり本格的なもので、とんこつラーメンがうまそうだった。餃子はまあまあだが、冷やし中華はどうってことがない味だった。
2001/10/24

イグアスへ

10月24日(水)2001年 サンパウロ→イグアス
朝、旅館のオーナーの池田さんと話す。福島県出身で昭和10年生まれ。第二次世界大戦のときは、日本に一時帰国していたが、終戦後に再びサンパウロに戻ったとのこと。
サンパウロでは強盗が多く、一ヶ月前にも宿泊者の日本人カメラマンがナイフを腕に突き刺されてカメラを強奪されたそうだ。ほかにもホテルのエレベーターで上のピソに住む女性が銀行からつけてきた男にピストルを突きつけられ50万円ほど強奪されたそうだ。とにかく物騒とのこと。
近くの日本食料品店で昼食用のお弁当を買う。イグアスについて食べたがうまかった。

イグアスについてomunibusに乗ったが、荷物を持ち込むのに一苦労。タクシーのほうがよかったかも。
本日の最大の失敗は、ホテルの通りを間違え、とんでもない安宿に入ったことだ。1泊7Rと格安だが、エアコンはない蚊だらけ。壁には無数の血の跡。それでも我慢して泊まろうと決意。屋上で洗濯をする。
その後、当初予定していたDel Ray Hotel を見に行くと、これがとてもこぎれいなすばらしいホテルでエアコン、テレビつきで25R=10ドルだった。こちらに引っ越すことに方針転換。最初の宿のおばさんには5Rをつかませ、移動に成功。
疲れていたので、熟睡。やはりエアコンがないとこの街はきつい。
荷物が多すぎるので整理。役に立たないものをあまりにも持ちすぎだ。今度からの教訓。捨てる服で来ること。本は最小限。すべて現地調達。
2001/10/25

イグアスの滝(FOZ)

10月25日(木)曇り。Foz
イグアスの滝へ。
市内バス(空港経由)でイグアスの滝のゲートまで行き、そこで買ったチケットで遊覧バス(2階建て)で滝まで向う。
観光客が多すぎて、ゆっくりと鑑賞することができなかった。
人がいなければこのスケールにはきっとすくみあがっただろう。
それでもビデオ、デジカメ、コンタックスカメラなどで小まめに撮影。ホテルに戻ってデジカメをみてわかったのだが、しぶきの幕というか、霧というか、その影響で画面がぼやけていた。

2時間ほど現場にいてFozの町に引き返す。繁華街で中華料理屋のようなのを往路見ていたので、そのあたりで下車。やたらはやっている店で入り口から長蛇の列。ビュッフェ形式で3Rでサラダ、ライス、肉、スパゲッティ、1Rで飲み物といったシステムをとっている。ちなみに3R=200ptsだから、味はいまいちでも人は並ぶようだ。そして驚いたことには店名がNISSEY.漢字で二世と書かれていた。たしかに店内のメニューに寿司、焼き魚、スキヤキなどが表示されていたが、夜の部だけなのだろうか。
ホテルに戻る途中、もう一度Tomodaty (友達)という日本レストランを見つけた。こちらは閑散としていた。
街にはビュッフェ形式の店がほかにも何軒もあったが、どこも4Rとか5Rでかなり安い。今回の旅行で初めて物価が安いと実感。
「Tomodaty」へ夕食をとりに行く途中でタバコを買い上述のことが実感された。マルボロライトが2レアル=140ペセタだった。
さて、「友達」は日系3世の奥さんが切り盛りしている店で「二世」と同じ通りにある。こちらは「二世」に比べてずいぶんとうらぶれた感じで、客は僕一人。ラーメンを注文。若奥さんは頭に入浴用のビニールのキャップをかぶり調理を始める。麺は縮れ麺のなかなかのもの。具はかまぼこ、ちくわ、オアゲ、豚肉など。スープは真っ黒だが、それほど塩辛くはない。まあまあ食べられなくはなかった。しかし、ラーメンとは別のもの・・・
この街にはほかに「都」という日本レストランがあるそうだ。
(アラブ人)
街中でアラブ人の衣装を着た女性の姿をよく見かける。今日も、Cataratasへ出かけるバスの中から、広大な敷地の「アラブ人協会」が見えた。オサマ・ビンラディンに関係してCiudad del este(Paraguay)で不穏な動きがあったとテレビで伝えていた。それにしてもこの南米でのアラブ人の存在というのは初耳だった。
(所持金)確認
ドルキャッシュ  1033          T/c 2000ドル
円         25万
レアール      968 
2001/10/26

イグアス・Foz

10月26日(金)曇り Foz
8:30のバスでArgentina側のctaratasへ行く。ブラジル側に比べ公園の整備がきちんとなされている。しかもこちら側のほうが滝により近づけその迫力を目の当たりにできるのだ。

イグアスの滝(アルゼンチン側から)
イグアスの滝

僕は敷地内を走っているmini trenの存在を知らなかったので、全行程を歩いた。時間にして2時間強。最後は結構疲れた。
(帰途)
Puerto Iguazu のバス停にPraguay行きのバスが止まっていたのでCuidad del esteに行ってみることにする。友情の橋というParaguayとBrazilを結ぶ橋のところが混んでいて2Hくらいかかった。(帰りは30分ほどで戻れた)
(Ciudad del esteの印象)
Ciudad del esteは秋葉原を小規模、かつ猥雑にした感じの街だ。少し歩いてみたが、これといって興味を引かれるようなものもなく、中華レストランで焼きそばを食べて帰った。

アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの3か国を比較してみると、ブラジルが圧倒的に物価が安く、活気がある。特に物価が高いのはアルゼンチンでドルとの固定相場制がその原因だようだ。同じ路線のバスでもブラジル側だと半分くらいですむ。
帰りのバスでアルゼンチンの親父と話した。彼はインテリで話がおもしろかった。彼のおじいさんはクロアチア人だそうだ。ここブラジル、アルゼンチンは人種の坩堝のようだ。アラブ(レバノン、パレスチナ、ヨルダン)日本、韓国、中国、ドイツ、イタリア・・・
2001/10/27

マナウス(Manaus)へ

10月27日(土)2001年 マナウス暑い。
Iguazu→Sao Paulo→Manaus
6:50 8:20 10:44
5年ぶりのマナウス。以前よりますます巨大化している。タクシーで移動中にCarrefourの看板まで見えたのには驚かされた。たしか空港から市内までは建物などあまりなかったはずなのに、今では道路の両側は建物が切れ目なく続き、原野などほとんど見えなかった。道路は市内に入るときは立体交差になっていたのだ。かつて僕が来たとき、セルバの中に忽然と出現した町というイメージはなくなってしまった。
ホテルは見かけはともかく清潔だし、エアコン、テレビつきときている。市場までも近いので便利だ。21R=8ドル  1ドル=110円とすると1R=42円
外は暑くて少し歩くと汗がたらたら。半ズボンを23Rで買う。
市場まで歩く。市場は以前より心なしかますますくたびれた感じがしていた。
マナウス劇場は改装され、きれいになっていた。その横のばるでビールを飲む。ビール3本(缶)おつまみ“やまもりのサラミ”タバコ1箱→10.5R。おばさんと仲良くなる。
ホテルの前に“ひまわり”というきれいな日本レストランがあった。前は“都”
とかいう小学校の建物のようなだだ広くて、およそレストランらしくないのがあったことを記憶しているが、あれに較べると“ひまわり”は雲泥の差だ。このことひとつだけでも、マナウスの変貌振り=巨大化がわかる。日系企業もたくさん進出しているようだ。
2001/10/28

マナウス

10月28日(日)
午前中、港、市場を一巡り。相変わらず汗まみれ。
昼食に“ひまわり”に立ち寄る。6ヶ月前にオープンしたそうだ。
ビール:2・・84円
餃子:6・・252円
寿司盛り合わせ:25・・1050円
ラーメン:13・・546円
今日は醤油ラーメン、餃子、ビール2本=25.5R  1071円
漬物はサービスだった。3R  126円
細かいお金をよういしていなかったので、タバコもコーラも買えなかった。
すごい音がするので、なにかと驚いてドアをスコールだった。おそらく、この建物の屋根はトタンでできているようだ。クーラーの音もすごいが、それよりはるかにすごい。
夜はホテルを出て左手に行ったピザやで夕食をとった。小さなピザ8.5Rとビールを頼んで外を眺めていると若い女の子が二人隣の席についた。見たところふつうの女の子だが、こちらにしょっちゅう笑みを投げかけてくるので少しおかしいと感じる。
他の席からいかした外人が彼女らの席に同席を申し込んだ。話が弾むにつれて、さかんに僕を見ていたほうの女の子は、男の耳を触りだし、やっと彼女たちが商売の人たちだとわかる。
しばらくして浮いてしまったほうの女の子が僕のテーブルにやってきたので酒を一杯おごってやる。マティーニ3.5R。彼女は23歳で学生(?)名前はミラー(?)といった。少し話をすると彼女は50Rで寝ないかと誘った。もちろん僕は断ったが、彼女はかわいらしい顔を少し曇らせた。しばらくして僕の席を立ち元の席に戻ったが、顔の童顔さとは裏腹におなかとお尻に少し肉がつき過ぎだった。・・・こういう一幕がありました。
夕食はビール3杯、マティーニ2杯、クバ1杯、ピザ小・・37R 1554円の出費ナリ。
2001/10/29

マナウス

10月29日(月) 晴れ
9:00 ブラジル銀行で両替。T/C500$→1340R 手数料:56R
所持金チェック ドル    1,019
          円     25万
          T/C 1500$
          レアール  2050
汗、汗、汗。少し町を歩くとシャツが汗でべっとり。周りの人を見るが僕のように汗をかいている人は皆無である。太りすぎ、それも水太りの正なのだろうか?人の体の大半(70%?80%?)は水というが、ぼくの場合は標準を上回っているのだろうか。
とにかく外出して部屋に戻るとすぐにシャワーを浴びる、シャツの洗濯も毎日する羽目になっている。
今日は昼食は“すずらん”が見つからないのでMr.TOIなんて店でスパゲッティを食べる。4R。
夕食はホテル横のレストランで肉のから揚げーミラネッサと言っていたがーとサラダですます。水の持ち帰りも含め7.2R。302円なり

オペラハウス−1
オペラハウスースキャン版1

オペラハウス−2
オペラハウスースキャン版2
2001/10/30

マナウス

10月30日(火)晴れ。2001年
カテドラル横のスタンドで朝食。スープ、パン、コーヒー、2.5R。スープは野菜と肉がたっぷり入ったトマトソース味。美味ナリ。
半そでシャツ13Rと短パン27Rを買う。
アマゾナス劇場(1896)に行く。ガイド付きで5R。Carloz Gomez って誰だ?ガイドに言われてもわからなかった。
昼食はホテルをでて左手に行き、大きな通りを左にまがって少し行ったところのKILOの店。キロの店とはビュッフェスタイルで皿に料理を取り、会計で図ってもらう方式。
ちなみに僕は3R。ビール缶・・4.5R。かなりうまい。それにもましてママの感じが良いのが気に入った。


マナウス市内中心部



夕食は“ひまわり”
餃子:8
マグロ:5
スズキ:5
漬物:3
ざるそば:15    計50R  浪費だ!!

<10/31~11/12までの予定表>
10/31(水) 09:40 RG2212
MANAUS→BOA VISTA
11/1(木) ベネゼラ領事館でビザ取得。バスの予約。
11/12(月) 11:25 RG2213
BOA VISTA→MANAUS
13:15 RG2223  
MANAUS→TABATINGA
2001/10/31

ボアビスタ(Boavista)

10月31日(水)2001年  曇り
朝方驟雨。ホテルの屋根がバラバラとすざましい音を立てたので、目が覚める。
7:00 ホテルチェックアウト。一日分25R(1050円)を払う。3日分は支払い済み。コーヒーを少し飲んでタクシーで出発。このホテルには簡単な朝食がついていたのを今日まで知らなかった。
タクシーの運転手と値段の交渉。35Rと彼は言うが、断固25Rというとあっさり引き下がる。
空港でサンドイッチとコーラの朝食。5.40Rなり。高い。


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湿気がすごい。空港ではすごい雨。おかげで飛行機は45分遅れで出発。10:30発で11:45着。タクシー15Rでホテルインペリアルへ。25Rの部屋がないからと30Rの部屋を紹介。彼の態度が悪いのでほかのホテルへ行くことにする。
HOTEL EUZEBIOS  35R。エアコンつき。ここは開拓市(こんな表現があるかどうか知らないが)なのでマナウスより高い。でも、このホテルはフロントがまあまあの感じなので、我慢できそうだ。
さっそく、RODOUIARIS(長距離バス駅)へバスで行く。1.15R。バス駅ではベネゼラのSANTA ELENA への時刻表を確認。7:00と13:00、17:00の3本のバスがあった。駅の係りの女の人が紙にわざわざ書いてくれた。
ホテルへの帰り道、雨に打たれ、びしょぬれになる。
BOA VISTA ―広場のBRATELの塔が目印。Lomley Planetにはなんの魅力もない街だと記されていたが、まったく同感だ。
ホテルの隣のレストランで昼食。17R。高い。
夕食は昼と同じ隣のレストランへ行く。肉の串焼き(すごいボリューム)サラダ、ビール、水、10R。これは値打ちだった。黒い猫がいてかわいかった。大分肉をやった。
またもや、雨。そのせいかエアコンが要らないくらい涼しい。この町のほうがマナウスより湿度が低いように感じる。
「コロンブス航海記」を読んでいるが、ラス・カサスの注がおもしろい。この神父は興味ある人物だ。「インディオの・・・」を熟読