梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

ボアビスタ(Boavista)〜サンタエレーナ(Santa Elena)  

11月1日(木)曇り BOA VISTA→SANTA ELENA
8:00ベネゼラ領事館。その場でツーリストカードを支給される。
13:00のバスでSanta Elenaへ。4Hの行程だ。最初は平坦な道だが、国境近くになるにつれて、山の中に入る。グランサバンナへの入り口なのか。
Santa Elenaの宿:La Casa de Glady’s このホテルは5000ボリバール=6.6ドルで、なぜか竹富島の宿を思いだした。ヒッピーの女の人(50歳くらいのドイツ人)が皮細工を作っていた。財布、ポーチ、首飾りなど・・・
グラン・サバーナのせいか、夜中は結構寒くトレーナーの上下を着込み、インスタントの味噌汁を飲んだ。
ボリバール 1ドル=750B 1円=6.5B 

 
Santa Elenaの宿
サンタエレーナの民宿
   
宿の女将
民宿の女将

category: ベネゼラ

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シウダード・ボリビアへ  

2001年11月2日(金)やっと快晴。 Santa Elena→Ciudad Bolivar


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余分な冬物の荷物をホテルに預ける。2000B払う。(2.6ドル。払いすぎか?)
宿代は5000B=6.6$。
宿のすぐ近くが市場。市場の物売り風景を見てやっと熱帯?にきたという実感に浸る。Coixe(揚げパン)2ヶとコーラで朝食。1100B=1.5$
バス駅までタクシーで行く。1000B。駅でCiudad Bolivarまでのチケットを買う。14000B=18.6$なり。
昼食:3500B タバコ:1500B タクシー:1500B
ホテルはColonial  29000B ここは結構立派なホテル。

オリノコ川
シウダード・ボリバール

category: ベネゼラ

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エンゼル・フォール  

11月3日(土)2001年 Angel Fall
・朝、ホテルからオリノコ川の朝焼けを撮影。
オリノコ川の朝

・両替が不十分(ボリバールの持ち合わせがなく朝食もとれず。
・8時、ホテルの1Fにある旅行会社にエンジェル
 フォールへの参加を申し込む。US$180なり。
 すぐに迎えが来て空港に直行。6人乗りのセスナ
 でCanaimaへ。ここで1Hほど待たされる。


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Canaimaへ行く途中の湿地帯・グリ湖。
グリ湖

ギアナ高地−1
ギアナ高地

ギアナ高地ー2
ギアナ高地ースキャン版




エンゼルフォール−1(高さ1000メートルと言われている)
エンゼルフォール

エンゼルフォール−2
エンゼルフォールースキャン版




・Salto Sapo.滝の下をびしょ濡れになりながら歩く。水着を持ってくるべきだった。
・その後、遊覧飛行機でエンゼルフォールを観る。日本人観光客と乗り合わせる羽目に。彼らはカラカスから直行で来たようだ。僕は20何時間もかけてやっと着いたのになんか拍子抜けした。滝の上空を2回ほど回って終わり。期待はずれだった。もう、この世には秘境なんてないのだと思い知らされる。
・同じホテルのアメリカ人・・・66歳のリタイアと知り合い、夕方、ホテル・カラカスのテラスでビールを飲む。彼は一方的に話すので疲れた。別れて夕食は中華レストランへ。ワンタンを食す。麺はほとんど入っていなかった。出来は塩辛くなくスペインの中華よりはるかにうまかった。焼きそばをテークアウト。
 ワンタン:2500BS・・・3.3ドル
 焼きそば:2800BS・・・3.7ドル
 ビールほか7000BS・・・9.3ドル   計16.3ドルなり
・部屋でデジカメの映像を点検。どれもいまいち。窓ガラス越しなので曇っているのだ。頭にはイメージがしっかりと刻まれているからまあいいか。
 
エンジェル・フォール。Salto Angelの印象
・飛行機が次から次と発着して観光客がわんさと押し寄せてきていた。もちろん、日本人の男女6人にも会った。秘境だと思っていたら、なんとふつうの観光名所だった。アクセスが良いのだろう。これもあのサンタ・エレーナのような不便なところにあれば、きっともっと神秘的だったのかもしれない。イグアスの滝の観光客は農協的、こちらは少しソフィティケートされた人種が中心だ。

・ブラジルでも、いや、南米に来て感じたことだが、こちらの人はあまりタバコも酒も飲まないようだ。(スペインと比べて)

category: ベネゼラ

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再びサンタエレーナへ  

11月4日(日)2001年  Cuidad Bolivar →Santa Elena
・6:30のバスーこれが小さい上にトイレもなく冷房だけがガンガン効いていて、寒くてしょうがなかった。12000BSと行きより安かった。ほかにバスがなかったのでとにかく乗ってしまったのだが、これは各町をすべて停まるので、サンタ・エレーナには19時過ぎに着く羽目になったのである。12時間以上バスに乗っていたことになる。

・San Felix を過ぎると客が少なくなり、いちばん前の席に移動。車窓から景色が見え何とか人心地をつく。というのもここでは冷房が良く効くようにとカーテンをみな下ろしているので景色がまったく見えない。後部座席だとまるで棺桶の中にいるようなもので息が詰まるのだ。

・サンタ・エレーナのグラディスの宿につきほっとする。レストラン Mr.Sitioで夕食。Bufeスタイルのchurras(焼肉屋)でサラダ、スパゲッティ、肉、ビール、ロンなどで6000BS。1000円弱。

category: ベネゼラ

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サンタエレーナ  

11月5日(月)

サンタエレーナの民宿のメールアドレス

 Casa de gradys @cantv.net

グランサバーナ

category: ベネゼラ

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ロマイラ山麓  

11月6日(火)2001年
・Romaira の写真撮影.9:00~16:00 US$80
・コーディネートをしてくれたのは、Gradyの民宿にいるPobertson.彼は実はスピルバーグが「ジェラシック・パーク」を撮るためにこのロマイラ山をロケハンしたときに案内をしたとのこと。
・最初、ロマイラ山は雲に覆われ絶望的な条件だったが、ロバートソンの用事に付き合ってから麓に向かうと雲がうまく退き、全容が撮影できた。
ロベルトは神秘主義に傾倒しているようで会話の中にたびたび、そういう話が出てきた。

ロマイラ山
ロマイラ山





・16時ホテル戻り。近くの中華でチャーハン(2200BS=3ドル)を食す。塩辛くてうまくなかった。
・夜は昨晩と同じ、ブラジル人の屋台でピンチョとサラダ、ビール2本をとる。
 1700BS=2.3ドルなり。
・グラディイのコンピューターでおかしな写真を見せてもらう。傑作なのは「オーサマ・ビン・ラディンがブッシュにお釜を掘っているイラスト動画」だった。結構笑えた。

category: ベネゼラ

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サンタエレーナ  

11月7日(水)夕方、一時俄か雨。
・朝、うまいenpanadaを食べる。これは餃子のような食べ物で、中に肉などを包んだパイのようなものだ。
・洗濯(Tシャツ、半そでシャツ、パンツ、靴下2足)
・昼食をボリバールの像が立つ広場に面したレストランーここはキロの店―でとる。

Santa Elena の町
サンタエレーナの町

ボリバールの像
ボリバール像




Santa Elena の印象:
・ダイヤモンドや金などを扱う店が多いのには驚かされる。
・ブラジル人の出稼ぎ者も結構いる。そのせいかブラジル料理の店(屋台も含め)が数軒ある。・村の規模は小さく快適だ。

・宿・・・少しやかましいがオーナーのグラディイは結構おもしろい。蚊にはずいぶんやられた。
・食事・・・enpanada,豆入りご飯、豆スープ煮込み、焼肉、そして中華といろいろバラエティがあってよい。
・観光客・・・同宿の若者たちは圧倒的にドイツ人。
・ツアー・・・エンジェルフォールもそうだが、物価から考えると高すぎる

category: ベネゼラ

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サンタエレーナ  

11月8日〜11月10日 2001年

11月8日(木)朝一時雨。昼間もたびたびスコール。
・朝食は昨日のパナデリアで鶏肉、牛肉のエンパナーダ。コーラ合わせて900BS。
・Correoに行くが、切手がないといって断られる。
・昨晩「コロンブス航海記」を読んでいたら、“カシケ”という言葉が随所に出てきて、それが起源はインディオの言葉から来ていたということが書かれていたのには驚かされた。カシケ=実力者、首長とかの意味。
・朝、Correoを探していたらArabe料理の店を発見。ブラジル、中華、アラブとこんな小さな村に各国の料理屋があるとは・・・11・9にもまた別のアラブ料理の店を発見。アラブ人の出稼ぎは僕ら日本人には馴染みがないが、南米ではかなりの数のようだ。そういえば9.11事件の後、パラグアイでアルカイーダの組織が云々と報じられたことがあったし、実際、アラブ人のための保養施設を見かけたことがある。
・昼食・・・例のキロの店。ここの味がいちばん。
 夕食・・・gladysを出て左の道一筋目を左にとったところのピザ屋。一皿1000BS=1.3ドル。安く、しかもボリューム満点。しかし塩辛いのが難点だ。

11月9日(金)晴。
・バスターミナルへBOA VISTA行きの時刻表を調べに行く。7:00,13:00,17:00の3本のバスがあったが、午後の二つは国境までで、直行便は7:00のみとのこと。
・BOA VISTAのホテル代や町のつまらなさを考えると、日曜の朝出発したほうが良さそうだ。
・バス駅に行く途中、ハイビスカスがたくさん咲いているのを見た。雨にぬれた草の匂いが南国特有の空気を醸し出していた。
・朝食AREPA。こちらのハンバーガーのようなものを食べる。1350BS=1.8ドルなり。




グラディの住所:Gladys Bormudez
Call Uredaneta n-187
(casa glady)
Santa Elena de Vairen
Gran Sabana Estado Bolivar Venezuela

「コロンブス航海日誌」
・キリスト教徒の独善性
善良で疑うことを知らない原住民。一方黄金を略奪にきたキリスト教徒。その略奪者が原住民を教化しようというのだ。
・ラス・カサスという人物
 急進主義者
・国王=国家体制のなかで、コロンブスがもてあそばれるさま。
・コロンブスが鉄鎖でつながれ本国に送還されたという第2回航海のところが、なんともショッキングだった。彼はアルハンブラで両王に弁明をしたという。
・内容は毎日何レグア進んだとか、すばらしい土地だとかの記述なのだが、実際に旅をしている迫力が読む者を惹きつける。


昼過ぎに、日本人がこのホテルに訪ねてきた。かれは2年間かけてアジア~東欧~中東~アフリカ~南米と旅をしてきたそうだ。所持金は200万円。

この宿は圧倒的にドイツ人が多い。他にフランス人が少し、カナダ人1人、そして僕。今回こういう宿に泊まってすごく良かった。いろんな人と知り合えるし、孤独感も癒される・・・


旅装について
 
ズボン・・・短パン兼用のやつがベター
シャツ・・・長袖・半袖ともに生地が薄くポケットがついているのがいい。
Tシャツ・・・2枚(他は現地調達)
パンツ・靴下・・・捨てるようなやつ
靴・・・ゴアテックスの短靴。サンダル・・・ゴム製の軽いの
タオル・・・スポーツタオルの薄いの
ポンチョ・・・これは役に立つ
薄手のパーカー・・・これも良い。ポンチョと兼用
カメラ・・・デジタル一眼とコンパクトカメラ
ビデオ・・・長旅には不適
IPOD・・・スピーカー
ラジオ・・・現地調達
本・・・ガイドブックと文庫3冊くらい
チョッキ・・・役に立つ
ウエスト・ポーチ
ザック・・・本体は60リットルくらい
パソコン・・・軽いの。パナソニック

11月10日(土)

終日退屈な一日だった。朝はパナデリアでempanadaを1個。300bs=0.4ドル

昼は「EL PRADO」La Comida(羊肉)とコーラで1700bs=2.3ドル

夜も再び「EL DRADO」スープとコーラ 1400bs=1.9ドル

Venezelaは全般に物価が高い。タバコも1000bs=1.3ドル
              食事も3000bs~5000bs=4~6.6ドル
こんど来るときは、ロマイラ山に登るのと、海岸部に出かけてみよう。

category: ベネゼラ

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国境越えのトラブルから逃れられない!  




マナウス~ボア・ビスタ経由でベネズエラの国境の町サンタ・エレーナ・デ・ウアイレンへ向かった。




11月18日(水)の夜18時のバスでボア・ビスタに向かった。
客は少なくてガラガラだった。
このバスは珍しく冷房がきつくなく快適に過ごせた。

翌朝の6時にボア・ビスタに到着。
ボア・ビスタには今回も入れて3回来たことがあるが、
いずれもトランジット的な感じだ。
この町にマナウスからバスで来るのは初めて。
前は飛行機で来て1泊している。
いまでは必要がなくなったがベネズエラのツーリストカードを取るためだった。

ボア・ビスタ発のバスが1時間遅れで出発。
国境には12時前に到着。
ブラジル出国もベネズエラ入国の手続きも問題なく終了。

その時点で、ベネズエラの国境の町サンタ・エレーナ・デ・ウアイレンまで行くためのベネズエラの通貨ボリバールを持っていなかった。ベネズエラのイミグレの近くにも両替商がいるだろうとタカをくくっていたのだが、あたりにはだれもいない。
もと来た道を重い荷物を引きずって両替屋(もちろん闇)のいるところまで戻った。
ブラジルのレアルをレートはあまりよくないと思ったが仕方がないので、1レアル=170ボリバールのレートで替えてもらう。

これで日本円で1万円ほど・・・
ボリバールの札束




恒例の国境間抜け話

わが身について離れない国境トラブルはこの後起こった。
ベネズエラのサンタ・エレーナ・デ・ウアイレン行きだと思って乗った乗り合いタクシーが、なんとボア・ビスタに戻って走ったのだ。
気づいたのは20分ぐらいたってからだった。
なんだかおかしいと思い、Map.meで確認すると国境からだんだん離れているではないか・・・
運転手に、もしかしたら、ボア・ビスタに向かっているのか?自分はベネズエラに行くと言ったじゃない。と告げると、車内の乗客は一瞬シーンとなる。

直後で見つけたガソリン給油所(といっても闇の普通の家で、粗末なボトルから給油していた)で元の国境へ行くタクシーを探してくれるが見つからない。
再びボア・ビスタに向かって走る。
しばらくすると、対向車線を国境に向かうタクシーがやってきた。
そのタクシーを止めて、乗り込むことができた。
代金は僕の乗っていた運転手が払った。


無事国境にもどり、ベネズエラ行きの乗り合いタクシーに乗ることができた。
確認をしつこく怠った自分にも落ち度がある。

これで4度目の国境越えトラブル!
原因はよく考えるとわが身に起こっているボケの深化がすべてだ。
それでもめげずに頑張るしかない・・・


「Casa de Glady」について

サンタ・エレーナ・デ・ウアイレンには昔泊まった「Casa de Glady」という宿がある。
ところが、国境で何人かのひとに聞いたのだが、宿は閉鎖されているという。
仕方がないので、ロンリープラネットで見つけておいたPosada Michellという宿に泊まることにした。
1泊が3,000Bs=500円ほど。トイレもシャワーもついている。
ちょうど2001年にオープしたことを覚えているが中国人の経営だ。すぐそばには、今はほかに移ったが中華レストランも開店したところだった。

荷物を置いて、一応念のためにと「Casa de Glady」に行ってみる。
入り口は見覚えのあるままだった。

Casa de Gladyの玄関


なかをのぞくと人がいるようなので、声をかけると入ってこいということだった。
そして中からグラディができていた。


Glady
グラディ近況


白髪が混じっているが、昔と変っていなかった。
ただ、あの元気のいいグラディではなかった。
息子はマナウスの大学を出て働いているということだった。

敷地内の建物は壊され、昔の面影はなかった。

今はキャンプの客だけを泊めているという。

それにしてもあれほど繁盛していた宿に何が起こったのだろうか・・・

グラディの口からはひとこと「いろいろと問題があった」とだけ聞かされた。

グアディのそばに人相の良くない不愛想な大男が立っていたが、
こやつがどうやら、災いの張本人のようだった。
暗い気分になった。





2001年に泊まった時の宿の写真
サンタ・エレーナの民宿




2001年当時のグラディ
サンタ・エレーナの宿の女主人


その当時の記事は、このブログのベネズエラの項目をクリックするといちばん最初に出てきます。良かった見てください。

category: ベネゼラ

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宿を替えた!  


最初に泊まった宿「Posada Michlle」だが、町の給水制限に宿が便乗していて、昼の12時と夜の7時半しかシャワーが使えない状態で、しかも自分の着いた日は終日給水制限をしていてシャワーを浴びることができなかった。
マナウスからボアビスタを経てここまで2日間、汗とほこりまみれの状態はけっこう不快なものだ。
水道が全く出ないのなら我慢するのだが、水があるのに止めているのが気にくわない。
ネットも全く繋がらない。
部屋は掃除ができていなくて、トイレなどゴミが放置されたままだった。
少し文句を言いに行くと嫌な顔をされ、いったい、どちらが客かわからない状態にすっかり気分を害した。
オーナーの息子の態度が、横柄で腹立たしかった。

翌朝、隣の「Posada Backpacker Tours」に空室があるかどうか聞きに行った。
すると運よく1室だけあるという。
しかも値段は今いるところよりも安く2,250Bs=3.46ドル。
差額の750Bsは朝食代に充ててもおつりがくる。
この宿では、水が十分出ているではないか・・・
オーナーが言うには、確かに町の給水制限はあるが、一日中ではないとのこと。
ベッドのシーツも綺麗に洗濯されていて、申し分ない。
オーナーのドイツ人のエリックは、感じのいい人物だった。




「Posada Backpacker Tours」の外観。1階はカフェ「ゴールド・ラッシュ」。
ポサーダ バックパッカーツアーズの外観




替わった宿の部屋・・・広々としていて、清潔だ。窓もあり、いい光が差し込んでいる。
ポサーダ『バックパッカー ツアー」


1階にカフェまであり、夕食をとった。ヒレステーキが2,100Bs=3.23ドルだった。あまり安いのを喜んでいると、ベネズエラの経済破綻につけ込んでいるようで、少々後ろめたい。

ヒレステーキの赤ワイン漬け・・・シェフご自慢の本格的な料理だった。
宿のカフェでステーキ




喜ぶバカジジィ








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