2010/09/03

やって来てみれば・・・

9月2日(木)メキシコ・シティ

グラナダから長い旅だった。
1:30 グラナダ発 深夜バス→7時20分 マドリー・バラハス空港

9:20 マドリー発→アムステルダム→18:40メキシコ・シティ着 
時差はスペインと-7時間。日本と-14時間。拘束時間はグラナダから計31時間ほどになった。

空港での荷物の出が遅く、1時間ほどかかったが、イミグレと通関はあっさりとしたもの。

両替所に行き早速ペソを購入。USドル200→2,125(MNX)ペソ 1ペソ≒0,073ドル≒7円なり。
1ドルを90円(為替手数料とかを勘案して)とすると6,57円なり。今後計算上は7円としておこう。

ホテルまでのアクセスでタクシー運転手とのトラブルがあると聞いていたが、白タクでない正規のタクシーだと事前に乗り場でホテルのあるダウンタンまでのバウチャーを購入(175ペソ≒1,225円)するとチップも要求されず何の問題もなかった。

今回、事前にネットで予約しておいたホテル「FONTAN」まで20分ほど。

「FONTAN HOTEL」は観光に便利なダウンタウンにある4つ星クラスの立派なホテル。フロントの料金表示は1泊650ペソ≒4,550円だったが、ネットの販売ではサービス、税込みで2100円と破格の値段だった。ホテルの建物自体はかなり老朽化しているが、それでも部屋は広く、清潔だし、インターネットも使えるし、何よりも地下鉄駅からも近く、最高の立地条件にある。大満足。
ホテルフォンタン


荷物を部屋に置くとすぐに、晩飯を食べる出かける。ホテルの周りには「タコス」の屋台が立ち並んでいた。

タコス屋台ー1

タコス屋台ー2


疲れていたので、テイクアウトを頼む。5個入りのタコスが20ペソ。緑色のチリソース(赤と緑があった)をつけてもらう。これが、美味なり。メキシコの最初の印象は最高だった。
持ち帰ったタコス
2010/09/03

近場をうろうろ

9月3日(金)曇り メキシコ・シティ

朝、ラウドスピーカーの音で気づいたのだが、すごい人数のデモ隊が更新していた。迂闊にも何のデモなのか、道行く人に聞かなかった。
デモ隊


朝食はホテルのすぐ裏にあるレストランで「enchilada」に挑戦。

朝食

トルティージャを下敷きに鶏とか卵とか肉とかが出てくる。僕は鶏を頼んだが、蒸し鶏でそううまいとは思わなかった。パンは山盛り、コーヒーとジュース。これらで合計50ペソ≒330円だ。朝食としてはいかがなものかな。客層は殆どがプチブル。

この宿が4日までしか取っていないので、明後日の朝には出なくてはならない。ネットでいろいろ検索するも、良い条件のところはなかった。「ペンション・アミーゴ」なんて行きたくないし、近くに「サンフェルナンド館」という日本人宿があるが、部屋が狭くてしかもトイレ・バス共同で21ドルなんて書かれていた。
今のところ、ここが最高の条件だ。
というわけで、ホテルの延長(prorrongar)の手続きでHISと交渉するもはかどらず。結局、自分がインターネットでバウチャーを入手。印刷ができないのでフロントにもっていき、印刷をしてもらった。4日延泊で9月9日の朝出発。

昼は遅い時間に屋台で済ます。一番混んでいる店で「タコス」を3個。やはり混んでいるだけあってうまかった。15ペソ≒100円ほどだ。
屋台


メキシコ人の庶民はレストランではなくこういう屋台で食事をしているようだ。勤め人ふうのひともたくさんいた。

勤め人も食べてた


夜、昼間見つけておいた「中華や」に行く。ビュッフェスタイルだったが、疲れていたので弁当にした。最悪の飯でしかも81ペソも取られた。腹立つ!!
最悪の中華弁当



ダダ辛いのとどれも同じ味で飯はパラパラ。巻きずしなんて信じられない食感だった。こんな飯で500円とはないよな。
2010/09/04

テオティワカン遺跡

9月4日(土)
テオティワカン遺跡へ

実はホテルの「旅行コーナー」にも「テオティワカン行き」というのがあった。朝9時発で夜17時戻り。バスの送迎と入場料、ガイドつきで35USドルということだった。ガイドのスペイン語を僕はたぶんほとんど理解できないだろう。そうすると往復の交通費と遺跡入場料で35ドルとは高い。そう踏んだ僕は自分の足で行くことにした。前日、「ロンリ―プラネット」のスペイン語版(グラナダではこれしか入手できなかった)で辞書と天眼鏡(悲しいかな老いた僕にはロンリ―プラネットの文字は小さすぎるのだ)を頼りに、アクセスを調べておいた。

9時過ぎにホテル発
地下鉄を乗り継ぎ、「NORTE DE AUTOBUSES」へ。
バス駅でのキップの買い方はかの本によれば、入口を入るとすぐに左に曲がり、キップ売り場の列をまっすぐ進むと、「テオティアカン行き」のキップ売り場は最後から2番目にあるとのこと。指示通り行くとあっさりとチケットをゲット。

11時発のバスに乗る。ただし、このバスは遺跡の先まで行くので「piramida」で降りるよう指示される。
バスは順調に走行。12時過ぎに「ピラミダ」に到着。

入口で入場券(1001MNX)を購入。

入口正面には「ケツアルコアトルの寺院」があり、そこから始める。



「太陽のピラミッド」

太陽のピラミッド

「太陽のピラミッド」

太陽のピラミッド-2


急角度の階段

きゅう斜面


頂上から下を眺めると

頂上から

頂上から見た「月のピラミッド」


月を太陽から


「死者の通り」と「月のピラミッド」

死者の道と月のピラミッド

「月のピラミッド」

月のピラミッド


以上のコースをすべてこなすつもりだったが、最後の「月のピラミッド」に登ろうとしたとき、雨が降り出した。最初はちょっと待てば止むだろうと待っていたが、本格的な雨のため、やむなく撤収。

この「テオティワカン遺跡」をイラストにしたり写真に撮った場合、「月のピラミッド」の頂上から、正面に「死者の通り」、右手に「太陽のピラミッド」という構図が一番オーソドックスなのである。

さて、この「テオティワカン遺跡」とは、ガイドブック等によれば、「メソアメリカ文明」=「スペインの侵略以前の中米の古代文明」の中の代表的なもので、紀元前2世紀から紀元後6世紀まで栄えた神殿都市跡。最盛期には20キロ四方に20万の人々が暮らしたという。

「メソアメリカ文明」で僕たちがよく耳にするのは「マヤ文化」ですが、順番から言うと、最古はオルメカ文化(紀元前1000年ころからピラミッド、神殿などを建設。トウモロコシやトウガラシなども栽培)、次に「テオティワカン文化」、「トルテカ文化」、「マヤ文化」、「メシカ文化」(アステカ)が続く。

一方、南米の中央アンデス地帯にはナスカ遺跡などで有名な「アンデス文明」が栄えた。

この両者はいわゆる氷河期末期にユーラシア大陸から「ベージンリア陸橋」を渡って「新大陸」にたどり着いた人類が、独自に発展させた文明である。

増田義郎元東大教授さんは「よく、世界の四大文明といわれる。・・・しかし、これは適切ではない。アメリカ大陸を無視している。メソアメリカ、中央アンデスを加えて六大文明というべきである」と主張する。
そして次のように続ける。「これらの文明は、いずれも独自の発達をとげた。他文明からの影響をあまり、またはまったく受けなかったという点ではメソポタミア文明とアメリカ大陸の二文明が似ている」「いくつかの興味深い類似点が認められる。そのなかでもっとも重要なのは、両文明において神殿の形成が果たした役割である」

という、壮大なお話の中で、その論拠となる実物を提供しているのが、「テオティワカン遺跡」というわけだ。えらい講釈めいたことを書いてすみません。
でも、ほんと僕にとっても、マヤ文化、インカ文化などの位置づけが難しいので整理しました。




2010/09/05

歴史地区

9月5日(日)
「歴史地区」に行ってみた。なかなかのものだった。

歴史地区ー2

歴史地区ー3


MACの入ったビル

歴史地区ー4



ZARAの入ったビル


歴史地区ー6

カテドラル

sonota-1


sonota-2

カテドラルの前でアジっていたご婦人。彼女は肩に銃と弾帯をつけていた。解放の神学支持者?


sonota -3
2010/09/06

歴史地区を再び歩く

9月6日(月)雨、寒い


小雨だが、ずっと降っていて、まるで日本の梅雨のような感じ。
キューバ行のチケットだが、ちょっと前まで400ドルぐらいだったのが、760ドルととんでもない数字を提示してきたので、キャンセル。

オアハカ行きを検討。ところが天気調べると、メキシコ・シティと同じでやはり寒い。ということで気温の高いメリダ行きに決定だ。パソコンで最安値のエアーチケットをゲット(12,000円弱)。当初、バスで行こうかとも思ったが、18時間もかかるうえ、料金もそれなりだったので飛行機に決めた。
きんj


2010/09/07

人類学博物館

9月7日(火)くもり。Bosuque Chapultepec

めずらしく日中雨が降らなかった。

「Paseo de la Refoma=レフォーマ大通りとでも訳すか」をぶらぶらとしているうちに、「そうだ、今日はチャプルテペック公園まで行ってみようか。地図では一本道で近そうだし」と気楽な気持ちで歩きだした。
レフォーマ通りは、イメージとしては東京の表参道だが、そのスケールは比べようがないほど大きな通りだ。街路樹の整備はきちっとされており、両サイドには巨大ビルが立ち並ぶ。そのビルの外観だがデザインの斬新なものが目に付く。これは、昨日まで見てきたメキシコではない。ホテルの近所にも大きなビルがあるが、ここまで来ると、ホームレスの姿も見えないし、背広姿の人がやけに目立つのだ。

雨が降っていないので、気温が上昇。ジャンパーや長袖Tシャツを次々脱いで、半袖のTシャツ一枚になる。かれこれ1時間半ほど歩いてやっと公園の入口にたどりついた。最後は少しバテ気味。

「人類学博物館」へ。
ここはプレアメリカ文明に関する展示物が公開されているところだ。
入ってみてわかったのだが、この博物館はやたら大きい。展示物の説明文がスペイン語(一部英語)なので、理解しづらい。といって、英語のところもあったが、こちらもそんなに理解できてはいない。こんなとき語学をちゃんと、やっとけばよかったとつくづく反省させられる。

ここでの雑感。インディオの暮らしや宇宙感は、今の時代にうってつけの先進的なものだったかもしれない。アニミズムという考えは、ある意味、エコ思想にもつながるのだ。ただ、生贄だけは勘弁してほしいな。
2010/09/09

移動日メリダへ

9月9日(木)メキシコ・シティ→メリダ

7時、近所の屋台で「トルタ」を、コーヒーをセブンイレブンで買って部屋に戻る。
8時半にホテルのベルボーイにタクシーを頼む。空港まで150ペソだとしっかり言ってくれと念をおす。車はタクシーではなく、「ツリスモ」のステッカーを貼った自家用車だった。もう一度、ベルボーイに運転手に値段の確認をさせたら、運転手も同意した。しつこく確認したのは、実はネットでこのホテルの評判として、空港行きのタクシーで料金をぼられた、ということが書いてあったからだ。

なんの問題もなく空港に到着。
さて、ここからが大変だった。11時半の出発だから、十分時間があると思っていたが、チェックインカウンターの長蛇の列をみて驚いた。40分ほど待ってやっとチェックイン。ところが、今度は出発ゲートが11時10分まで未定だったのである。
そして、搭乗のチケットを切ってもらったら、今度はなぜか、ぼくだけポリスに呼ばれ、手荷物を開けろと要求された。「何の目的できているんだ?」「旅行」というやりとりをしてやっと解放。雰囲気があやしげだったのだろうか?

飛行機は11時30分、定刻通り離陸。13時4分にメリダに着いた。
機上から見たメリダの町は森の中に開発された町という雰囲気で、高いビルが全く目につかなかった。
地上に出ると、メキシコ・シテイとは打って変わって、ムーンとして蒸し暑い。汗がぼたぼたと垂れ落ちる。
ホテルまでは空港のタクシー乗り場でバウチャーを購入。150ペソなり。このシステムはトラブルがなくて良い。

「アラゴン・ホテル」に到着。想像していたより、古びた建物だった。何よりがっくりさせられてのは、プールがあるとうたわれていたので期待していたのだが、あるにはあったが、プールと言うより「池」だったのだ。建物自体がスペイン風のコロニアル建築で、パティオを囲んで建てられているのである。そのパティオにあった池がどうやらプールと呼ばれているようだ。

ホテル



部屋に荷物を置き、とりあえずタバコを探しに町中に出る。ところが、メキシコ・シティのようにばら売りのタバコがみつからない。この間、路上の屋台で1本買いをしていたので、一日の煙草の量が5本ほどで済んでいたのである。やむなく一箱買う羽目になる。ライターも買った。ああ。。。。

部屋に帰り、シャワーを浴び、そのあと、洗濯物を向かいのラバンデリアに預ける。ホテルの真向かいが洗濯屋とはラッキー!3キロほどで45ペソ。助かった。

シエスタをしていると雨の音で目が覚める。

雨がやんだと思い、食事に出ると、すごい雨が降り出した。じゃ、じゃぶりである。町中のカテドラル前の公園の前の建物のアーケードで雨宿り。

カテドラル



30分ほどして、小降りになったので、アーケードを出て安そうなレストランに入る。看板にスパゲティの絵が書いてあったのである。連日のタコスとトルタでたまには麺が食べたいと思っていた。
スパゲッティボロネッサを注文。
評価は可もなく不可もなし。でも、久しぶりの麺に満足。
2010/09/10

市場

9月10日(金)晴れ

このホテルは朝食付きということで、食堂にいってみる。パンとコーヒーだけだが、飯探しの労から解放され、なおかつ経済的にも、ありがたかった。感謝。

昼間、昼飯を兼ねて外出。偶然、市場を発見。この市場、どこが出口や入口やわからない。外から見ると確かに外観は市場なのだが、看板は見つからなかった。そして中はまるで迷路のようで、かつ巨大だった。

市場内部


魚屋が集まっている一角があったのだが、午後を過ぎていたので閑散としていた。あきらめて出ようとした時、偶然、食堂が何軒か固まっているところに出くわした。セベッチェを売りにした食堂ばかりだった。

セベッチェは今から10数年前にペルーに行ったときに初めて食したものだ。刺身が食べられるというので喜んだのを覚えている。


セビッチェ


今回、出てきたのは単なる「マリネ」だった。
少しがっかりしたが、タコスばかり食べていたので、魚が食べられることだけでも満足した。


市場の食堂

僕が食べたお店

2010/09/11

ウシュマル・カバ遺跡巡り

9月11日(土)晴れ

ウシュマル遺跡とカバ遺跡のツアーに参加。ウシュマル遺跡は紀元後600年頃に造られたマヤ文化の遺跡。乾季の水不足対策として地下貯蔵池が造られていた。また、建物のファサードに彫られた幾何学模様にもマヤ文明の特徴がある。

ウシュマル遺跡

森のなかにあるピラミッドの絵が有名
森の中にそびえるピラミッド

原っぱにいたオオトカゲ。これってもしかしたらイグアナ(無知を笑わないでくださいね)
そこらじゅうにいたオオトカゲ

こちらに来てからネット環境が悪くて(電波が弱くて)写真を整理することもブログを立ち上げることもできずに困っている。一階の食堂はフロントに近いため電波がよく届くので、そちらに行って写真のアップとブログの立ち上げをした。ところが、小さい蚊がいるため、そこらじゅう刺されて長時間は作業をすることができなかった。もう少し伝えたいことがあるのに、残念。

2010/09/12

やはり市場

9月12日(日)晴れ  

市場再訪。巨大市場に付き物の食堂群を発見。いや、うまそうだった。腹の調子に不安があったので、食するのはよしたが、スープが特にうまそうだった。Mondongoといってブタの臓物を煮込んだスープだそうだ。

市場の看板発見 ルーカス デ カルベス
市場の名前

メキシコの人ってよく食べる。そのせいか体型がずんぐりしている
食堂



野菜売り場ではかぼちゃ(calabanza)の原種を想像させる大きさのものに出会った。かぼちゃはアメリカ原産。

かぼちゃ