2010/09/28

ニカラグアからコスタリカへ

9月28日(火)サンカルロス~コスタリカ・ロス・チレス

サン・カルロスに午前3時半到着。

8時まで待つ。ようやくイミグラシオンの手続きかと思って事務所に並んだら、事務所が浸水してとのことで、急遽、手続きの場所が変更される。

豪雨で浸水していた



10時半出発。
リオ・サン・フアン(サン・ファン・デ・フリオ?自分が通るところぐらいちゃんと書けよな。後で調べます)を通ってコスタリカの「ロス・チノス」に向かう。もしかしたら、なにか面白い動物に会うのではと期待して、一眼レフをセッティングして待つが、結局大したものは見られなかった。

獰猛な肉食動物のような声を出す、サルの迫力には驚かされた。しかし、姿をちらっと見たかぎりでは小型のサルだった。シャッターチャンスはなかった。残念。

コスタリカへ


12時着。入国手続き。コスタリカを出国するバスチケットか航空券の提示を求められるのではないかと危惧したが、90日の滞在許可をもらえた。僕の前のオーストラリアの女性は、出国チケットの件で入国拒否にあっていた。なんだかよくわかないが、どこの国でも「入管」というのはすごく恣意的だ。

両替をすませ、レストランに入り、食事。その後近くのホテルに投宿。疲れ切った。

ロス・チエレスでの昼飯

2010/09/29

ロス・チレス~サンホセへ

9月29日(水)ロス・チレス→サン・ホセ

8時発のロス・チレスのバスでサン・ホセに向かうがなぜか、サン・カルロスで下される。ここで乗り換えということだった。さて、乗り換えのバスが、やってこない。理由は途中の道路が寸断されているとのこと。
10時半から次にバスに乗れたのは15時。
土砂崩れがあり、渋滞個所が2か所もあった。結局、サン・ホセに着いたのは夕方の18時半。
バス駅で簡単な食事をしてから、「Gran Imperial Hotel」にタクシーで行く。ちょっとやくざな感じの運転手だったが、話せばなかなかおもしろかった。乗る時に運賃の交渉をしたら、2,000と言ってきたが、食堂のおねえちゃんが言っていた1,000を主張するとしぶしぶ行ってくれた。降りる段に1,000を出すと「プロピオは?」と言うので300だけ渡した。これが、良かったのか、ホテルの入口がしまっていたら、親切に車から降りてきてドアを叩いて大声でフロントを呼んでくれた。お陰でドアが開き、中に入れたのである。彼がいなかったら、ホテルに入るのにえらい苦労をしたと思う。ほんと助かった。ありがとう。

Gran Imperial Hotel

恐ろしく立派なん名前のこのホテルは古いが、清潔で、広々としている。トイレとシャワーは共同だが、部屋のすぐ目の前だから問題はない。スタッフはすごく親切だ。WIFIもロビーにフリーゾーンが設けてあり、電波状態は申し分ない。問題は部屋に電源のコンセントがないことだ。もうひとつ、シャワーのお湯が数分で水に変わってしまったことである。
これで料金は8,000≒16ドルだが、コスタリカの物価を考えると安いほうだ。
昨日のホテルのことを考えると感謝、感謝。

窓もない。コンセントもない。監獄?

窓もない。コンセントもない。監獄?


2010/09/30

雨。雨。雨。

9月30日(木)サン・ホセ

シティ・カードが破損。日本に問い合わせたら、カードは問題ないが、もしかしたら磁気の個所が壊れている可能性があるとのこと。カードはこれが怖い。
コスタリカはすべてが高い。一日のバジェットで35ドルとロンリ―プラネットには書かれていた。メキシコよりも高い。
スカイプが通じた。シティバンクにもスカイプで電話をした。

明日からの動きとして、プエルト・リモン行きを検討中。

ホテルの真ん前が中央市場・・この辺は危険地域だそうだ。

中央市場


市場の食堂で朝飯 赤飯チャーハン
市場で朝飯

後ろはBanco National のビル

街の中心にある銀行


2010/10/01

プエルト・リモン


10月1日(金)晴れ San Jose →Puerto Limon

コスタリカにきて、初めて雨から解放された。

7時半 ホテル出発。

8時5分発のバスでPuerto Limon へ。途中、一か所で10分ほどの休憩があった。

10時過ぎにPuerto Limon 到着。

Lonly Planet で調べておいたホテル「King」へ直行。
窓なしの部屋でシングル8$なり。昨日の部屋が16$だとすると格段安い。Lonly Planet ご推薦のホテルだけある。



部屋に荷物を置いたらすぐ食事に出かけたが、11時という時間のためか開いているレストランがなく、中国人経営のゲームセンター兼スナックが一軒だけ開いていた。中国人のオヤジはまわりの人間が話しかけても笑顔も見せず、黙々と注文に応じていた。
中米で出稼ぎ労働者として最下層の生活から這い上がってきた中国人。そんな彼らが、長年の差別と偏見の中で生きてきた歴史が彼の無愛想さというか少々いやなことを言われても無視するという姿勢を作り上げたのではないだろうか。

エンパラーダ2個とcerveza2本、タバコ。

その後、シャワーを浴びて昼寝。

15時ごろ起きて町を散策。
コロンブスが上陸したという島を見に行く。ほんと小さな小島だった。4回目の航海のときに立ち寄ったそうだ。Isla Uvita
手元に「コロンブス航海記」がないので確かめられないが、4回目が最後の航海だとすると、彼はこの後、鎖で繋がれて帰国することになるはずだ。スペイン人でない彼はもはやこの時期には、用済みというわけだ。

コロンブスが上陸した島


コスタリカのレストランは早く閉まるので、18時にホテルの向かいの海鮮料理中華に行く。
これが、中華丼(1/2を頼んだが、それでも多かった)とcervezaで3,200コロンなり。味はまあまあでしかも安い。

中華丼


食堂で会った子供


この町の中国人の数はかなりのものだ。やはり、パナマ運河の工事で着た中国人労働者の末裔なのだろうか。

この町は黒人がすごく目立つ。ジャマイカなどからの移民労働者の子孫だそうだ。ユナイテッドフルーツ社のプランテーションに出稼ぎに来てそのまま居ついたパターンだ。そういえば、道中で鉄路を見た。ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」でもやはり、ユナイテッドフルーツ社が鉄道を敷き、バナナの輸出が盛んになった記述があった。中米とアメリカのアグリ・ビジネスの関係の根深さを知らされる。


黒人の姿が多くみられた
プエルト・リモン路上にて


街の庁舎の屋根にハゲワシの群れが・・・
ハゲワシが




2010/10/02

プエルト・リモン~リベリアへ

10月2日(土)曇一時雨 Puerto Limon →Liberia
カリブ海から太平洋が見える所まで移動。

朝、6時過ぎにホテルを出る。
6時半のバスでSan Joseへ2,645コロン(5$)
9時半San Jose のCaribenosのターミナルに着く
タクシーでPulmiton de Libera のバスターミナルへ移動。(1,000コロン)
10時発のLiberia行きのバスに乗る。2,915コロン(6$)
途中、道路工事のため渋滞。
14時過ぎには着く予定が15時過ぎになる。
10時間近い移動だった。

リベリア教会

バス駅で白タクを捉まえホテル「Casona」へ。500コロン(1$)
町はセントラル公園を中心にきれいな碁盤の目に通りが作られ、多分新しい町ではないだろうか?僕がまだ見ていないからかもしれないが、旧市街の部分が見当たらないのである。

夕食をかねて中華に入る。
中華丼の麺のやつ(言い方を忘れた。五目焼きそばというのだっけ?)を注文。味は昨日のほうがはるかにうまかった。セルベッサとで2,700コロン(6$)

帰り道にしゃれた珈琲ショップを見つけ入ってみる。コスタリカの珈琲はなかなか行ける。町中に珈琲豆をひく店がたくさんあり、そこで飲むこともできる。ここの店はWIFIもあり、なかなか便利だ。ただ、明日は日曜日で休みだそうだ。残念。

ホテルのある通りはC/Realと言う通りだが、ホテルが何軒もある。そのうちの
2軒ほどに値段を聞いてみると、10$と20$だった。今の「Casona」はインターネットができないのだが、2軒ともWIFIの設備があった。明日、変わることにする。
2010/10/03

10月3日(日)リベリア 晴れ

すぐ近くのホテルに変わる。「Casa Viejo」こちらは20ドルと昨日より4ドル高いが、インターネットが使えてしかもホテルの環境が良い。

ホテル カサ ビアヘ

casa viaje の中庭



キューバ行きのチケットをゲット。10月11日発で11月10日戻りのチケットを435ユーロで購入。まあ、安いほうだと思う。このまま、コスタリカにいてもお金がかかるだけで、面白い展開が考えらえないので決断。今回の旅の目的の一つでもあるキューバに早く行くことにした。



2010/10/04

Playa Del Coco

10月4日(月)晴れ

洗濯ものを昨日のホテルが経営する洗濯屋にもっていく。別に気にしている様子はなかった。

E-ticketをimprimir.

その後、昨日のぼられた喫茶で珈琲。今日は400コロンだった。店員に昨日のことを話しておく。

午前中にたまっていたブログを書く。

昼過ぎに飯を兼ねて外出。
セントラル公園の角にある、2階のバルコニーからの眺めが評判の店に行く。セビッチェ(4,500)とセルベッサ2本と珈琲で7,700、チップで300と8,000の出費なり。大したことなかった。

見晴らしを売り物にした店

セビッチェ
2010/10/05

Playa Del Coco

10月5日(火)晴れ

Playa Cocoに日帰りで行こうと7時のバスに乗る。約1時間でCoco到着。

Coco海外

海岸までのメイン通りは、レストランと土産物店が軒を連ねるというありきたりのパターン。でも、海岸はひっそりとしていて、なかなか魅力的だった。近くのホテルに値段を聞いてみると20ドルと今いるところと変わらないので、ここへ移ることにした。もうひとつの利点はサン・ホセ行きのダイレクトバスが朝の4時と8時45分、昼の3時過ぎに出ていることだ。
というわけで9時のバスでとんぼ返り。
「Casa Vieja」で清算を済ませ、11時のバスでCocoへ。
ホテルは「Mar y Mar」。目の前が文字通り海だ。部屋はそれほど立派ではないが、広々としているし、合格点だと思う。

Mar y Marというホテル



荷物を置いて、メインストリートを散策。
海鮮レストランに立ち寄る。


クラッカーのついてたセビッチェ(リベリアではバナナの揚げ物だった)
Cocoのセビッチェ

イカのホワイトソース煮込み

セビッチェとセルベッサ。次に、「Caramares a La Plancha」を注文。これが、僕の想像いていたのとはえらい違いのものが出てきた。イカのホワイトソース煮込みだった。しかも、濃厚ですべてを平らげるのに一苦労した。最後にブラックコーヒーを頼んで、締めて15,000コロン(30$)の出費。高いよな。

夕食はホテルの近くのピザ屋へ。スモールサイズのピザとセルベッサ2本、水の持ち帰りで6,500(13$)なり。
ホテルへの帰り道暗がりにたむろする麻薬患者からヤジを飛ばされる。

夜、蚊の襲来で眠れず。しかもベッドが柔らかく、背中が痛くなる。
ここは撤収だ。
2010/10/06

10月6日(水)晴れ Playa Coco~Sanjose
8:45のバスでサン・ホセへ。
隣の席に座ったアメリカ人のおばさんは70歳と言うのに元気そのもの。ただ、巨漢のため膝を痛めているので、足を動かせる席に変わりたいと最前列の僕の隣の席に来たのである。以前はカナダのバンクーバーにいたが、6年ほど、この町に住んでいて、家も買ったそうだ。話しかけられるが、老人病の一種なのか自分のことを話し続けられて、聞いていて疲れたので、途中から寝た振りを決め込んだ。
サン・ホセで目星をつけておいたホテルは満室、やむなく次の候補の「Aranjuez Hotel」に決める。

Hotel Aranjuez

2010/10/07

サンホセ散策

10月7日(木)晴れ 

朝食付きということで食堂に行く。トーストと珈琲ぐらいだろうと思って行ったら、フルーツがたっぷり、ジュースに、あと例の赤飯チャーハンもあったのにはうれしくなった。これは5$位の価値はある。

キューバのホテルをネットで予約。1日2,200円ほど。後でロンリ―プラネットで知ったのだが、ここはいわゆる民宿よりも安いとバックパッカーには評判のホテルらしい。

バウチャーをUSBに取り込んで、町中に出向く。セントロまで10分ぐらいで着いた。インターネットカフェでバウチャーを印刷してもらい、その後、先日「セントル・アメリカ」のロンリープラネットを買った書店で、やはりロンリ―プラネットの「キューバ」を購入。約30ドルなり。

コスタリカのおばちゃんの彫像


鉄板のオブジェ

僕は中華のホットアンドサワースープについてはかなりうるさい。北はアラスカのノームから南はアルゼンチンのパタゴニア、アフリカのタンザニアの奥地、マダガスカル、インドネシアのセレベスと中華のあるところ、必ずと言っていいほど、このスープを注文してきたのである。今回,中米を旅してきて 初めてコスタリカでホットアンドサワーに出くわした。なんとアランフエスホテルの近くの「チャンピオン」という店のメニューに「アグリピカンテ=ホットアンドサワー」があったのだ。小躍りしてさっそく注文。
アグリピカンテ
味は酸っぱすぎないし、かなりの出来だと思った。ただ、値段が7ドルとは高すぎ。