梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

カトマンズ。.なんとか、たどり着いた!  

10月25日(火)~26日(水)ネパールへ

午前2時、グラナダ発の深夜バスでマドリーへ。
いつものように、バスはグラナダ・マドリー間の中間点にある「カサ・マルコス」というレストランで30分ほど休憩。そのとき飲んだ風邪薬のせいか、出発後30分ほどして突然息苦しくなった。全身の力が抜ける感じで、冷や汗が噴き出た。意識を失いそうで、このままでは、とてもじゃないが、旅に出るのは不可能だと思ったほどだった。
しかし、その後、運よく、なんとか回復。

7時半、バラハス空港到着。
今回のカトマンズ行きはマドリー~ミラノ~バーレイン~カトマンズというルートである。
12時10分発ミラノ行きイベリア航空の搭乗手続きをする。この時、荷物がカトマンズまでスルーでは届かなくバーレインまでしか行かない。そのため、バーレインで荷物を受け取りために一旦外に出て、再度チェックインするように言われる。どうしてだと尋ねても、そうしかならない、の一点張り。
チェックインの後、駄目もとで、イベリア航空の顧客カウンターで交渉してみる。すると、ネパールのカトマンズまで荷物がスルーで届くように訂正してくれたのだ。ここでできることがどうしてチェックインカウンターでできないのか、不思議でたまらなかった。バーレイン行きのボーディングパスがもらえなかったのに、荷物はバーレインまで届くことがどうしてだかよくわからなかった。
さて、ミラノに到着後、次のバーレイン行のボーディングパスを「ガルフ・エアー」のカウンターで受け取り、ついでに荷物の件を確認すると、やはり荷物はバーレインまでしか行かないと言われる。となると、バラハス空港のイベリア航空カウンターで訂正できたというのは一体なんだったのか?憂鬱な気分。
問題のバーレイン空港。ここで、僕が空港係員に事情を話すと、出国などしなくてもいいから、「ガルフ・エアー」のトランスファー・デスクに行けと言われる。彼の言葉に賭け、出国しないことにした。指示通り「ガルフ・エアー」のトランスファー・デスクに行き、係員に事情を説明すると、カトマンズ行きのボーディングパスとともに、荷物をカトマンズに送る手続きをしてくれた。手続きの上ではうまくいったが、本当に荷物がカトマンズに着くのかどうか半信半疑。
最後の正念場カトマンズ空港では、入国ビザの取得に時間がかかり、荷物引渡しカウンターには遅れて着いた。半ば諦めの気持ちで荷物を乗せたチェーンを眺めていると、なんと僕のザックがカウンターで回っているではないか!ようやく暗い気分から解放された。

両替所では1ユーロ=107ネパールルピーのレートだった。手数料を取られて104ルピーほど。日本円だとほぼ、1対1のレートだ。勘定しやすいので、すごく便利。

空港のタクシーカウンターにて500ルピーでタメル地区までのタクシー券を購入。
タメル地区には空港から30分ほどで着いた。

事前に予約しておいた「シエスタハウス」は、可もなく不可もないといった安宿(1泊15ドルでシャワー、トイレ付)。オーナー以下従業員が片言の日本語を話す。お湯はちゃんと出た。ベッドの硬さはちょうど良い。日本人の客が多い。それも年配の客が多く、トレッキングが主目的のようである。エベレスト(チベット名チョモランマ、ネパール名サガルマータ)の展望台・カラ・パタールまで2週間ほどかけてゆくトレッキングに72歳の2人が挑戦、無事完遂したそうだ。恐るべし日本人老人パワー!

荷物を置き、街中を散策。しつこい客引きもいなく、至って平穏、快適な街だ。

昼飯は待望のモモ。モモが10個で50Rs、ミネラルウォーターが30Rs。計80円!驚きの安さだ。
夕食はネパール定食。こちらは100Rsとミネラルウォーターが50Rs。計150円なり。

カトマンズのタメル地区は、バンコックのカオサンより規模もずっと大きい。

お祭りの準備でタメル・チョークでは、砂じゃなく豆で曼荼羅を書いていた。
砂曼荼羅・・・祭りの日だった


タメル地区
タメル地区

「シエスタハウス」も祭りの飾りつけがなされていた

シエスタゲストハウスも祭りで飾られていた

夕食に立ち寄ったレストラン・ダライラマの写真が飾ってあった
夕食に入ったレストラン・ダライラマの写真が・・

夕食に食したネパール定食・ダルバート・タルカリ・・・これが100Rs≒100円ネパール定食・ダルバート・タルカリ

いろいろあったが、無事着いてよかった。
「食い意地」オヤジとしては、旨いものが食べれて幸せ!

物価が安く、食事の種類も多く旨いネパールでは「沈没」する人が多いと聞くが、僕ももしかしたら「沈没」するかも・・・



category: ネパール

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タメル~ダルバール広場  

10月27日(木)カトマンズ散策

午前中はタメル地区をぶらぶら。さすがトレッキングの本場とあって、山用品が充実している。
祭りということで、山車の代わりに人々を満載した小型トラックがクラクションを鳴らしながら巡回していた。午前中はタメル地区の上の方を散歩。

お祭り用の色付けされた豚が解体されて売られているのを見た。近くでカメラを向けたらダメだし!そこで道路の向かい側から望遠レンズで撮影。毛のついた豚皮が朱色に塗られていて、それを解体して売っていた。おそらく祭り用で、日本で言えば食紅で赤く染められた「酢だこ」のようなものにあたるのかな。

色づけされた豚肉

「桃太郎」という日本レストランも発見。ラーメンが150Rsからで、全体に安い。その後、ガイドブックで知っていた「ニュー・エベレスト・モモ・センター」と大仰な名前の割に貧相な店構えの「モモ専門店」を発見。秘伝の「ソース」というか「スープ」をかけたモモを食す。まずくはなかったが、昨日食べた方が僕にはうまく感じられた。モモは40Rs(40円)コーラが25Rs(25円)。

ニュー・エベレスト・モモ・センター

若干名前負けした店構え・・・でも心意気は最高!!!
ニュー・エベレスト・モモ・センター外観



午後はダルバール広場を目指す。ぶらぶらと歩いていたら、ガードマンが駆け寄ってきて、金を払え!と言われた。囲みのフェンスも門扉も見当たらないので気が付かなかったが、外国人だとこの地区に入場したら300Rs払わなければならないそうだ。切符は当日だけ有効。延長もできるそうだが、手続きに行かなくてはならない。少し変な制度だ。個別の建物ごとで徴収するばいいのに、この域内に入っただけで、というのはどうかと思う。
帰り道は例によって当てずっぽうで歩いていたら迷ってしまった。地元の商店の人に時々「タメル・チョークはどちらの方角ですか?」と聞きながらなんとかホテルに帰還。

シヴァ寺院
シヴァ寺院

旧王宮
旧王宮

クマリの館
クマリの館

夕食はいろんな店を探したが、いいのが見つからずに昼間見た「桃太郎」に行った。味はまあまあ、値段は他の国と比べると断然安い。お客がいっぱいでなかなか注文をさばけず、待たされっぱなし。ビールと串カツの後、ラーメンを頼んだら品切れ。代わりにきつねうどんを注文。全部で1,090Rs(1,100円)とは散財。

桃太郎の串カツ

category: ネパール

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ナガルコット(Nagarkot)  

10月30日(日)ヒマラヤ連峰が見える丘

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カトマンズの近くで、ヒマラヤ連峰が一望できる場所がナガルコット。
距離にしてカトマンズから35キロほど。車で約1時間。日の出がすばらしいらしい。
そう聞いて、僕は車をチャーターして、早朝4時45分にホテルを出発、約一時間かけてナガルコットに着いた。
展望台にはすでに、30人ほどの人が待機していた。日本人も10人ほどいた。
6時過ぎ、東の空が微かに明るくなり、それが徐々に朱に染まった。どうやら雲があるようだ。その雲間から太陽がほんの一瞬顔をのぞかせた。
そして、すぐにお隠れになった・・・
てなわけで、朝日を浴びて白銀に光るヒマラヤ連峰なんて、夢の話だった。

タルチョ(祈願旗)と朝日・・・オリンパスXZ-1
一瞬の日の出

Nikon D300
D300ナガルコット朝日撮影



1時間ほど粘ったが、とうとう雲は晴れることはなかった。
ざあ~ねん!!!

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チベット・ラサへ陸路行ってきます  

11月3日(木)

今週の土曜日からランドクルーザーで陸路、チベットへ行ってきます。
チベットへは、個人旅行ではいけないので、ツアーに参加するという形で入国することになるようです。
日程は往路が4日間、ラサ滞在が3日間、復路が2日間の予定です。

おそらく、コースはこのようなものだと思います。

第1日目:早朝カトマンズ発~中国との国境を越え、ZANGMU(読み方が不明。ザンム?)で宿泊
第2日目:ZANGMU~LHATSE(ラッツェ?。4,350メートル)
第3日目:LHATSE~XIGATSE(シガッツェ?)~LHASA(ラサ)

ラサに3日いて、同じコースを帰ってきますが、帰りは往路より短縮されるそうです。

添付の地図ですが、ラサやカトマンズが入っていないときは、左上のゲージでマイナスのところを左クリックしてください。


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category: ネパール

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ブログの写真差し替え!!  

11月17日(木)カトマンズ

ここ2日間、写真の整理に追われていた。
Nikon D300で撮った写真は、と期待していたが、さっぱり。
露出過多かピンが来ていない。もちろん腕の悪いのは承知だが・・・
それでも、何枚かブログの写真を差し替えた。
D300で撮ったのにはD300と記した。
書いていないのは、オリンパスXZ-1で撮ったものだ。

次に、僕は火曜日に飛行機でブータンに行き、その後、陸路でインドのダージリンに行くつもりだ。
インドのビザは金曜日に入手予定。

天気を調べていたら、ブータンもダージリンも結構寒そう。
ちょっと嫌だな。
寝袋を持って行こうと思う。

ネットで新聞を読んでいたら、ヨーロッパの債務危機がだんだん深刻になってきているように書かれていた。
スペインの国債の応札は予定を満額満たしていないし、フランスもどうやら、市場の標的になりつつあるようだ。独仏に意見の相違があるようで、今後ますます、ユーロは混乱しそうだ。スペインの女性財務大臣のサルガドが「ファンド勢に狙い撃ちされている」と悲鳴を上げていたが、むなしい抗議だ。巨大化した金融資本にすべてが呑み込まれていくのは、いわば必然で、抜本的な変革をしない限りは、この危機は終焉しない。

最貧国のひとつである、ネパールで、欧米の経済危機のニュースを見ていると、まるで巨大客船「タイタニック号」が沈没するのを眺めているような気になる。

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ブータン~インド・ダージリンへ  

11月19日(土)

来週の火曜日発のブータン行きは、カトマンズから飛行機でブータンのパロというところに着き、次に陸路、首都のティンプーに移動。4日間、国内を観光した後、陸路でフォンツォリンから出国、インドに入国,シリグリを経てダージリンに向かおうという計画だ。


より大きな地図で Bhutan旅行 を表示



ブータンの個人旅行というのは認められていないので、この4泊5日間の旅程で、1,580ドルもかかる。

内訳は下記のとおり。
一人一日、230ドル×5日=1,150ドル(宿泊費、食事、ガイド、移動の車が含まれている)
フライト(カトマンズからブータン・パロまで片道)が300ドル
ブータンビザ:30ドル
インド国境までの車送り:100ドル
計:1,580ドル

これでは、旅行代理店が儲からないではないかと思うが、実は一日の滞在費は220ドル、フライトは210ドルという情報があり、しかも、おそらくブータンの旅行会社からのマージンが入ってくるのだと思う。

まあ、どちらにしても、高いツアーには違いない。



地図にカトマンズが入っていないときなどは、左上のマイナス(-)の部分をクリックしてください。すると、全体が見えるようになります。



できれば、川喜多二郎のネパール遠征隊の一員だった「西岡京司」の農場を訪れてみたいものだ(彼は川喜多二郎著「鳥葬の国」という本のなかで、現地人との付き合いが非常に上手い人物として描かれている)。この人は、ブータンに長く住み農業指導を行ったのだが、現地に即した野菜の栽培法などを考案して、非常な成果を上げ、「ブータン農業の父」と呼ばれていた。帰国直前に敗血症で亡くなった彼は、パロの丘に埋葬されている。「照葉樹林文化論」で有名な植物学者「中尾佐助」に薫陶を受けたそうだが、「今西錦司」系の人として、一番美しい生き方をした人のひとりではないだろうか。彼のドキュメンタリー番組を作りたいものだ。

category: ネパール

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ネパールへ  

1月7日(土)  バスとジープで移動
ゴーラクプルGorakupur→スノウリ(Sunauli)→ルンビニ(Lumbini)


ホテルより見たゴーラクプル駅前

Gorakupur駅



朝7時半ホテル発。
駅前でスノウリ行きのバスに乗る。例によって満員になるまで待機。

スノウリ行きのバス

9時出発。
11時半にスノウリ着。インド側イミグレまで道路がトラックで道路が塞がっていて進めないので歩き。かなりの距離がありそうだったので人力車に乗る。250と吹っかけてきたが、200で手打ち。降りてみると、近くだと分かり、ぼられたのがわかった。
インドとネパールのイミグレ。
スノウリを出てネパールでジープをチャーター(500インドルピー=800ネパールルピー)。このジープは相場よりかなり安かった。ホテルで聞くと1300と言っていた。
1時間ほどでルンビニ着。
13時、ルンビニのバザールの入り口にある小奇麗なホテル「Maya Davi Guest House」に投宿。800ルピー=800円。ホットシャワーはもちろん無理。

Hotel Maya Davi



夜、すぐ近くにお湯も出て、WIFI可のホテル「Buddha Bhhoomi Guest House」があることを「歩き方」で知る。早速電話。オーナーは日本語ペラペラですごく感じが良かった。ところが、明日は満室。明後日ならオーケーとのことで、一応予約を入れる。時間は十分あるので、ルンビニには5日ほどいても良い。

昼食はチベット食堂(Himalayan Kitchen)に行き、久しぶりのテンドクを食す。

ヒマラヤン・キッチン


テンドック


疲れているので、今日は遺跡見学は止す。

category: ネパール

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ルンビニ遺跡めぐり  

1月8日(日)ルンビニ(Lumbini)遺跡めぐりツアー


昨晩予約を入れた「Buddha Bhhoomi Guest House」に移れるのが、明日からなので、それまでのつなぎとして、今日一日WIFIのできる近くのホテル(Lumbini Village Lodge)に変わる。こちらは750ルピー。

そこのホテルで、先日、ヴァラナシーの「Ganpati Guest House」の屋上レストランで遭ったドイツ人2人に声をかけられる。

ルンビニの遺跡というのはブッタ生誕地のある聖園のほか、近郊の村々に見所が散在していて、歩いてまわるのはとても無理。車で行くしか方法がない。そこでホテル主催の「ルンビニ周辺遺跡ツアー」に、そのドイツ人二人と彼らと同道していた日本人一人とともに参加することにした。参加料は一人1500ルピー。
朝、11時から夕方5時まで。昼食時間なしの強行軍。疲れた。



ティラウラコット(Tilaurakot)・・・シッダルーダ王子(後のブッタ)が29歳まで過ごした釈迦国のカピラバストゥ王宮跡。ここの東門から出家した。

ここの東門より出家した




クダン・・・悟りを開いてから6年後、ブッタが故郷に帰った時に居たニクローダ樹園の跡。

クダン

聖園を取り巻くように各国の寺院がある。まるでお寺の「博覧会」だ。

ドイツ寺

ドイツ寺


ミャンマー寺

ミャンマー寺


日本山妙法寺

日本山妙法山



紀元前246年にアショカ王が建立した石柱・・・玄奘三蔵が636年に詣でたときの記録「大唐西域記」をもとに1896年にドイツ人考古学者「フェラー」が再発見。

アショカ王の建てた石柱



みんなで「Himarayan Kichen」でテンドックを食す


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1月9日(月)

朝から小雨。おかげで寒さは和らいでいる。
早朝から停電で水も電気もなし。顔も洗えず、うんざり。もちろんシャワーなんて夢のまた夢。
朝食にまたもや「ヒマラヤン・キッチン」で「テンドック」を食す。嵌り過ぎ。

テンドク

テンドク


その後荷造りをして、10時にホテルをチェンジした後、ブログの整理をする予定だ。


変わったホテル「Buddha Bhhoomi Guest House」は設備も良く、値段も500ルピーと安く言うことなし。しかも、ネットが部屋でできた。食事は税金がかかるので、少し高めだがおいしい。オーナーのKajiさんの日本語はパーフェクト。

Buddha Bhhoom Guest House

ブッダ・ブーミン



今日は雨が一日降っていた。停電もしょっちゅうだった。
気温は10度前後か?暖房設備っていうのがないので寒い。薄い布団が一枚。シャワーの方も、お湯がソーラー方式のため曇天もしくは雨天の日は出ない。参った。
ネットによると、次に行くポカラの最低気温は5度とか3度とかでもっと寒いようだ。

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ブッタ生誕の地  

1月10日(火)

昼前に雨が上がったので、再度Maya Daviを訪問。ブッダ生誕の地の発掘現場を確認。産湯をつかったという池も撮影。

今なお発掘調査が行われている生誕の場所

ブッタ生誕の地


王子の産湯を使った池(手前)と菩提樹

菩提樹と池


ホテルのマネージャーに、明日ポカラに移動すると告げると、ポカラに客を迎えに行く空車のタクシーがあると聞かされる。通常なら、7,000ルピーのところを空車だから2,500ルピーで行ってくれるとのこと。本当なら、バイラウまでタクシーで行って(1,000ルピー)、そこからバス(500ルピーほど)で9時間かけてポカラに行くはずだったのが、ここから直接行くと7時間ほどで向こうに着くことになる。経費的に1,000ルピー余分に払うだけで、宿から宿までドアツウドアで行けるなんて素晴らしい話だ。明日、8時ホテル発。ポカラの宿は、今いる宿のオーナーの友人の宿で、600ルピーでWIFIが使えるそうだ。

カトマンズのシンハル・ツアーのモウサンから電話あり。ご機嫌伺いだとのこと。気遣ってくれているなんて、ありがたいことだ。なんかうれしくなるね。

バケツに熱いお湯を持って部屋まできてもらい、体を洗う。水で割って使うのだが、うまく使わないと最後のほうでお湯がなくなってしまうのである。僕は何度かやっているうちに、このスタイルに慣れてきた。バケツ一杯の熱いお湯で体も髪も洗うことができるようになった。

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