梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

メンラー  

10月17日(金)晴 ウドムサイ→メンラー(中国)

中国まで来てしまった。ここメンラーはラオスのボーデンから20キロほど、昆明まで600キロほど西に位置する町だ。別にこれと言って特徴が見当たらない町だが、それでも今までいたラオスの町からみると比較にならないくらい大きな町だ。中国にとって辺境の町ですら、このスケールということは、中国の大きさというか、底知れぬ大国ぶりを感じさせられる。
ラオスと中国の国境の町モーハンにも驚かされた。真新しい豪華な建物がこれ見よがしに建てられつつあったのだ。近くラオスとの国境貿易の拠点になる構想だそうだ。

朝6時45分ホテル出発
7時にバスターミナルに着く。切符を買った後、屋台でラオス風タンタンメンで朝食。
バスに乗り込む時に、日本人の青年と出会う。シンガポールの友達と旅行中だそうだ。
ボーデンのイミグレーションでのちょっとした事件。立ち小便をとがめられ危うく事務所に連行されそうになる。バスの影の草むらで用を足しただけなのに
捕まってしまったのだ。小役人の点数稼ぎか、それとも賄賂を要求していたのかわからないが、上司が彼の訴えを却下したので無事放免。危ないところだった。

メンラーのバス駅で、明日の帰りのチケットを購入しようと発券窓口を探したが見つからずに一瞬途方に暮れた。その時、バスで一緒だった日本人青年の友達のシンガポールの青年が中国語で訪ねてくれたので、発券場は道路の向かい側だとわかりひと安心。
銀行の近くの安食堂で昼食。いろいろな総菜をご飯の上にかけて食べる。これが実に美味かった。特にザーサイの甘辛く煮付けたのが最高だった。お礼の意味で僕のおごり。18元=300円弱。安い!!
その後、銀行で2万円を両替。彼らとはバス駅で別れ、近くの宿に投宿。50元=800円。

メンラーの宿


19時夕食。昼と同じ混ぜご飯を宿近くの食堂でとる。ビールと合わせて9,5元=160円ほど。

出費
バス代;65000Kp=650円
朝食;7000k=70円
煙草とライターとお茶:20000k=200円
髭剃り:15元=230円
着替えのシャツ:20元=320円
ホテル:50元=800円
晩御飯:160円
合計:2,430円

両替:2万円=12000円強
タバコがやめられない!

category: 中国

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強行軍  

10月18日(土)晴 メンラー→ボーデン→ウドンサイ→ルアンパバン 

大移動の一日だった。8時から20時まで。ウドンサイでの待ち時間の1時間半を入れても11時間半もバスに揺られていたことになる。
7:00 ホテルを出る。すぐ隣の飯屋で「担担麺」10元弱=150円なり。
箸がさされていて行儀が悪いと思われますが、こういう感じで出てきます。
悪しからず。_20081103070141.jpg

8:30 メンラー出発 前日と同じ運転手。座席は一番前だが窮屈でしまいには尻が痛くてたまらなかった。長距離の移動には尻あてを持ってきたほうがよい。
14:30ウドンサイ着 時差が一時間あり13時30分だった。ウドムサイバス駅


14時発のルアンプラバン行きがあると聞き、そのままルアンプラバンまで行くことにする。
15:30長く待たされやっと出発。車はトヨタのハイエース。運転手の隣の席に座らせてもらう。2万kをお礼に払う。このおかげでかなり楽に過ごせた。後ろの超満員席だときっとくたばっていたと思う。ラッキーだった。
20:00ルアンプラバン着。ツクツクで宿まで。2万k。「サイ・サイモン」
サイサーモンゲストハウス・ルアン・パバン_convert_20081102192212

着替えがないので、なにはともあれ夜店にTシャツを買いに走る。「ラオビール」のTシャツを3枚。90000kを80000kに値切る購入。
20:30 宿近くの川べりの店。野菜いためとおこわ ビール 28000k

出費
朝飯:10元=150円
水:2元=30円
たばこ:中南海 5元=80円
昼飯:7000k=70円
夕飯:28000k=280円
Tシャツ:80000k=800円
ウドンサイ→ルアンパバンバス=60000k=600円
運転手チップ:20000k=200円
水とポテトチップ:13000k=130円
ツクツク:20000k=200円
合計:2.540円

category: 中国

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上海行き  

3月21日(日)上海行き。
「孫文を影で支えた男~梅屋庄吉」の中国ロケに同行。

朝方猛烈な風(春一番)で欠航も覚悟したが、定刻より少し遅れただけで無事出発。JAL8877便で午後13時頃に上海虹橋国際空港(ホンキャオ)に着いた。コーディネーターの小林さんの出迎えを受けて、ホテル「上海利嘉賓館」(上海古北路628号)に投宿。30分だけ休憩後、租界の面影を残すバンド地区(浦西の外灘地区)の撮影。黄浦江の対岸の浦東地区は「上海環球金融中心」(492m、森ビル)や「東方明珠塔」(468mのテレビ塔)など超近代建築群が並ぶ新開発地区だ。夕方には遊覧船からの撮影も行う。
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夜間、ライトアップされた建物群も撮影。
夕食は9時過ぎ「延安飯店」横のレストランで「上海料理」これが美味なり。

category: 中国

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孫文故居記念館  

2010/3/22(月)曇り
朝は風があり寒かった。しかも空はどんよりとしていた。事情通に言わせるとこれが上海の普通の天気で昨日のような抜けた空は珍しいとのこと。
午前中は「孫文故居博物館」に行く。ここで秘蔵の写真「梅屋が孫文に送った写真」を見せてもらう。ほかに東京に亡命時代に使った食器2点も。その後故居前の庭で館長のインタビュー。
孫文故居博物館

梅屋夫妻の写真

昼食は点心の店で済ます。
午後、虹口地区の「横浜橋」近辺の旧日本人住宅の撮影。

虹口・横浜橋

category: 中国

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南京へ  

2010/3/23(火)
朝9時出発。南京に向かう。南京近郊の「日中友好1000本桜を植える会」の取材。
天生橋


南京市内混雑のためホテルに着いたのは午後6時過ぎ。ホテルは5つ星だが、漢さんのコーディネートでディスカウントの500元。5つ星とはいえホテル自身はかなり老朽化している。
状元楼酒店

category: 中国

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南京中山陵  

2010/3/24(木)
あいにくの雨。しかもかなり寒い。今日は中山陵と総督府を取材
中山陵正面

孫文の遺体
孫文遺体



梅屋が送った孫文像
梅屋の送った像

総督府
総統執務室

category: 中国

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南京・梅屋の孫文像  

2010/3/25(木)待望の晴れ

梅屋が贈った孫文像の撮影。クレーンは南京テレビのもの。南京テレビから借りたもので、えらく立派だった。中国のスタッフは仕事熱心でこちらの無理な注文にも快く応じてくれていた。別れ際のカメラマンの笑顔に感銘。

南京の孫文像

南京の城壁。南京虐殺のアーカイブではこの城壁の上を日本軍が軍旗や刀を振りかざしながら万歳をする映像がよく知られている。暗い気分にさせられた。

南京の城壁

その後、広州に飛行機で向かうスタッフと別れ、僕はドライバーの武幸福さんと上海に戻る。途中、昼食抜きだったので、ドライブインで粽を立ち食い。
上海市内は大渋滞。ホテルに着いたら6時近くになっていた。

坦々麺
チェックインの後、風邪気味だったので近くの中国式セルフサービスの店で坦々麺を食す。8元=120円ほど。ロケ中はいつも正式なレストランで食事をとっていたが、僕の好みとしてはこうした庶民の食事スタイルが好きだ。写真がピンボケなのが残念。明日、再度アタックするぞ。店の外観も撮り忘れている。ほんと疲れていた。
夜は爆睡。歳だな!

category: 中国

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上海予備日  

3月26日(金)
体調がいまいちなのでホテルで過ごす。
昼飯に近くのファーストフードの店に行き、焼きそばを食す。これが太麺のピリ辛ソース味でなかなか美味なり。しかも8元=100円ちょっとと格安。
焼きそば
夕食に永川氏と出かける。彼の行きつけの居酒屋に行く。御世辞にもうまいとはいえない店だった。しかもちょっと飲み食いしただけで5000円ほど。どこの国も日本食屋は高い。

帰りがけに昨晩行った店により弁当を注文。昨夜の店


持ち帰った弁当

この店は普通の人、とくに学生や独身のサラリーマンで混んでいた。日本で言えば「オリジン弁当」のレストラン版のような存在である。
弁当はボリューム、味、値段(12元=168円ほど)とどの点をとっても素晴らしかった。

さて、このブログを読んでいる人は、僕がどうしてこうまで食べ物の値段にこだわっているのかと疑問を持っているのではないかと思うので、理由を述べておきます。まず僕が食い意地が張っていることのが一番の理由ですが、加えて以前、社会学者の鶴見良行さんの「辺境学ノート」を読んだ時、旅先の毎日の食事とその値段が細かく記されていたのが、すごく新鮮かつ参考になりました。ある国や地域を理解するのに衣食住の値段はそれなりに有効な指標で、民度の指標というのは、そこの住民の感情や意識にかなり影響を与えているはずです。というわけで、今後もできる限り食べ物の値段は書いていくつもりです。


category: 中国

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カトマンズ~ジャンムー(中国)  

11月5日(土)カトマンズ~Gangmu(ジャンムー・中国チベット)第1日目
5時ホテルで朝食
6時バイクの迎えが来る。
6時20分 旅行会社「シンハル」前から出発
途中、朝食休憩。僕はホテルで済ましてきたので、コーヒーだけ飲んだ。

国境のイミグレで中国側ガイドとの合流がうまくいかず、時間を食う。
イミグレで驚いたことは、チベットのガイドブック(ロンリープラネットや地図など)の持ち込みが禁止されていることだった。

今回は少人数のツアーと聞いていたが、実際は40人ほどの寄せ集めのメンバーだった。当然車はランドローバーなどではなく、バス、それもかなりくたびれたバスだった。

ジャンムーの町で遅い昼食。午後5時ごろ。

食事の後、再度移動。
9時ごろ、ジャンムーの町のかなり上のほうにある旅館に到着。暖房がまったく利いていないため、寒くて眠れないので、シュラフを取りだし、眠る羽目になる。

寝袋で助かった

category: 中国

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Zhangmu(ジャンムー)~Lhatse(ラツェ)  

11月6日(日)Gangmu(ジャンムー)~Lahtse(ラツェ)第2日目
夜中目が覚め、しばらく起きていたが、2度寝。これがとんでもないことになる。ドアのノックで起こされ、朝食抜きで出発することになった。僕には珍しいチョンボ。
8時半:ホテル発。出発した村はおそらく「ニェラム」と言って、ジャンムーよりラツェ寄り。

まず最初の峠(ヤルレ・シュンラ峠)
D300ヤンレ・シュンラ峠ー2

タルチョの向こうにヤクが・・・
D300 ヤンレ・シュンラ峠




バスの調子が悪く、何度も修理のため立ち往生。
車の故障でなんども立ち往生

中尼公路(中国ネパール友誼道路)の先にエベレストが姿を見せていた!

D300中尼公路(中国ネパール友誼道路)とチョモランマ



13時30分。オールド・ティングリで昼食
野良犬が多いのと砂埃がひどいのが特徴的だった。
ティングリの犬たち

青空市場
ティングリの青空市場

食堂の子供たち
食堂の子供たち


さて、1時間後の14時30分になってもバスは修理を終えていない。
ティングリで車の修理・・・ついにダウン



17時30分。ガイドがほかのバスを呼び、それに乗り換えて出発。

21時40分。ラツェ着。古民家風の宿だった。
古民家風のラツェの宿

category: 中国

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