2013/02/14

ヤンゴン

2月14日(木)バンコク~ヤンゴンへ

ドンムアン空港からエアーアジアの飛行機で定刻通りに出発。
エアーアジアって、あの「タクシン」さんの会社?革張りのシートで外装も派手な飛行機でした。

1時間ちょっとでヤンゴンに着きました。

イミグレで僕の並んだ列の係官の手際が悪いのか、隣の列の2倍の時間がかかっていました。
通関は簡単で、後は銀行で両替。
これがすごかった。200ドルだけ両替したのですが、現地通貨のチャットの分厚い札束を二つも渡されました。チャットは計算しやすく日本円の10分の1です。2万円が20万チャットとなるわけです。

さて、市内のホテルまでのタクシーは、エアポートタクシーのカウンターでバウチャーを買いました。ところが、これがドル払いなので、少し驚きましたね。10ドルでした。

乗ったタクシーはおんぼろで、もちろんクーラーはなく、すぐに汗が噴き出ました。35度ほどあったようです。
運ちゃんは悪いやつではなさそうなのですが、車と同じで結構いかれていて、へたくそな歌を歌い続けていました。

道路事情は悪く、渋滞がひどくて、街中まで2時間ほどかかりました。
途中、思わず声を上げたのが、京都の市バスがあの薄緑色の姿のままで走っている姿を目撃した時です。すごいですね。退役して何年になるのですかね。

さて、宿に着いたのですが、満室で断られてしまいました。がっくりして、暑い中、荷物を持って歩き出すと、運よくすぐ近くに別の宿の看板を見つけました。
どちらも華人が経営しているようでした。
因みに、この国はもしかしたら「華人」と「インド人」が経済の中枢を押さえているのではないかという印象です。
(後日、訂正。ホワイトハウスのほうの経営者は華人ではありませんでした)


ホテルはまたもやドル払い。部屋代は、窓なし、エアコン付き、共同便所、共同シャワーで18ドルでした。救いは簡単な朝飯がつくとのことです。ガイドブックで調べても、ミャンマーの宿はやたら高いようです。バンコクの1.5倍はする値段です。宿の供給量が需要に追いついていないのが、実情のようですね。高級ホテルは知りませんが・・・こちらは1泊が600ドルとか、300ドルとかおバカな値段がつけられています。

「ダディーズ ホーム」

ホテル「Daddy Home」

近くに食堂がなくて、やっと見つけたのが、路上のレストラン?美味しかったのですが、量が少なかった。腹が減り過ぎで手が震えていてピンがあっていないですね。(笑い)

屋台で遅い昼飯

宿に戻ってシャワーを浴び、ガイドブックで飯屋を探すが近くにはあまり見つからなかった。そんな中、「おいしい」なんて店がわりかし近くにあるのを発見。日本で修業したミャンマーの人がやっている寿司屋。

おいしい

握りずしに味噌汁、野菜天ぷら盛り合わせ。無料の冷たいお茶もついていました。こんなに食べても450円でした。それにしても初日からこんなもんを食っていていいのですかね。我がことながら、先が思いやられます・・・

着いたとたんにこんなもんを食べていた










2013/02/15

ヤンゴン街歩き

ヤンゴン2日目(2013-2-15)

路上市場ー1

路上の市場ー1

路上市場ー2

路上の市場ー2

南インドの寺院があった!!!マドゥライのミーナークシ寺院を思い出した。このお寺の写真も南インド編で載せています。よかったら見てください。

インド寺院

独立の英雄でスーチーさんのお父さんの名前がつけられている市場・・・ボーヂョー・アウンサン・マーケット

ボーヂョー・アウンサン・マーケット

17日の移動に備えて列車の切符の予約に来たのだが、なかなか見つからなかった。ほんと質素な建物です。

ヤンゴンの鉄道予約センター

旧ヤンゴン駅舎・歴史的建造物なので修復中

補修工事中の旧ヤンゴン駅舎

ミャンマーカレーで有名な店・ダヌピュー
ダヌピュー

マトンカレーを注文。ほかにスープや野菜がついていて、3500K=350円。
ダヌピュー・マトンカレー

夕方、町に出たら車道が屋台で占拠されていた。面白い!

車道が屋台に占拠されていた

中華系旅館・群愛旅館の2階のレストランに行った。

中国旅館の付属レストラン

中華風焼き肉・・・香辛料が効いていて美味かった。

焼肉・・・中華風

四川風焼きそば・・・これも実に美味かった。ただ、この店注文してから出てくるまで、矢鱈時間がかかるのが難点だ!値段はビールもとって8000K=800円だった。

四川風焼きそば・・・旨かった!

帰り道、陸橋からスーレー・パヤーを撮った。
スーレー・パヤー
2013/02/16

シュエダゴォン・パヤー

ミャンマー最大の聖地

シュエダゴォン・パヤーの門前町

門前町

シュエダゴォン・パヤー・・・お釈迦様の頭髪が納められているそうです

シュエダゴォン・パヤー

シュエダゴォン・パヤー・・・2

シュエダゴォン・パヤー・・・3


マハーボディ寺院・・・ちょっとほかの寺院に比べてトーンが違うのは、インドのブッダガヤの仏塔を模して造られたからだそうです。
シュエダゴォン・パヤー・・・4

仏様の背後にある電飾ネオンが良いですね!日本では考えられないことですが、南方仏教では光物はオーケーのようです。素直で自然で素晴らしいと思います。

シュエダゴォン・パヤー・・・5 電飾


明日からモウラミャイン(Mawlamyine)に行きます。ヤンゴンから列車で10時間だそうです。そこの近くに「泰緬鉄道」のビルマ側の起点があるようです。

モウラミャインの地図(Google ではモーラミャインと記されている)


より大きな地図で ヤンゴン・モーラミャイン を表示
2013/02/17

モウラミヤインへ

2月17日ヤンゴンを出発

朝7時15分の列車でヤンゴンを出発。10時間の旅。

7時15分発の列車でマウラミヤインへ

僕の乗ったアッパークラスはシートにシーツカバーがついていた。写真写りが良いが、実際はもっとガタガタ!

アッパークラスの車内

ヤンゴンを出てすぐの車窓から・・・団地があった。

ヤンゴンを出てすぐ

車内販売員がコーヒーを見事なパフォーマンスで入れてくれた。

車内販売のコーヒー売り

駅弁はこんな感じで70円ぐらい・・・おいしかった!

駅弁

途中の駅で見たジャックフルーツの出荷風景

ジャイアント・フルーツ出荷風景

後ろの席の子供たち

後ろの席の子供

目的地のモウラミヤインに近づいてきた。
マウラミヤインに近づいた

宿泊したブリーズ・ゲストハウス

ブリーズゲストハウス

ホテルの前から夕景

ホテルの前から


2013/02/18

モウラミヤイン二日目

2月18日・モウラミヤインぶらぶら

海の見える食堂で朝飯

海が見えるレストランで朝飯

市場に行ってみた

市場

ありとあらゆる種類の干物が売られていた

干物

昨日、車窓から見た干物を作る作業

前日、沿線で見た干物を作っていた風景

由緒ありそうなモスクがあった。ここのイスラム教はベンガル湾を渡って伝播してきたのだろう。

モスクがあった

夕景

夕景

宿の隣の屋台でビール

隣の店でビール






2013/02/19

タンビュッザヤ日帰り

泰緬鉄道のミャンマー側起点

市場の前の乗り場からタンビュッザヤまでは2時間の距離。
タンビュッザヤ行きのバス

泰緬鉄道で使われていたC56型蒸気機関車

蒸気機関車

蒸気機関車ー4

蒸気機関車ー5



2013/02/21

まだ運があるようだ!

ヤンゴンへ帰る列車が脱線


横揺れが激しいなと思ったら、突然、上下動。そしてガタガタという音がして、車両はスローモーションで左に傾いた。進行方向の右側の窓側の席に座っていたのだが、ちょうど足元に左の窓が来ている感じで、床に背中をつけて、窓から外に出た。
写真で見るとそれほど傾いては見えないが、実際には中ではかなりの傾斜角だった。

このひっくり返っている車両が僕が乗っていた車両


運び出される乗客

機関車の後ろの車両と僕の乗っていた2両目が脱線。もし、後ろの車両も脱線していたら、大変な事故になっていたはずだ。運が良かったのは、脱線した場所が鉄橋を過ぎてからで、しかも田圃に横たわったことだ。


この高架を走り、先に見える鉄橋を過ぎてから、事故は起こった。

この鉄橋を過ぎてから脱線した

この仏塔を撮影した後に脱線したのだから、死者が出なかったのは仏塔の御利益の「お蔭さま」かもしれない。

パヤー

親切なミャンマー人の夫婦の取り計らいで、ヤンゴン行きのバスに乗り換え(荷物を積み込んだそのバスがエンジンの故障で動かなくなった。代わりのバスが来るまで、またもや時間がかかった)、ヤンゴンに着いたのは夜の10時過ぎになってしまった。宿では空室が一室しかなかったのでので、事故で一緒だった、フィンランド人の若者とルームシェアーをした。


ベッカム似のユッカ君はなかなかの好青年

ユッカ君



思えば、まだ僕には悪運がついているようだ。実は体調が悪くならなければ、チュニジアに行ってそれからアルジェリアなどのマグレブ諸国を旅しようと思っていたのだ。それが、幸か不幸か、心臓の検査を受けに日本に一時帰国したので、マグレブ諸国の旅は取りやめになったのだが、チュニジアでは野党指導者が首都で暗殺され、抗議行動が活発になっていたし、アルジェリアでは、あの事件が起こっていたのである。

ところで、マウラミヤインでの写真などは後日、載せることにする。というのは、ネットの速度が遅くて、どうにもならないのである。・・・明日からぼちぼち・・・
2013/02/23

バゴー日帰り

バゴー(またはベグー)はモン族の王国の首都があったところ。

ヤンゴンから北東へ70キロのところにある。


僕の前が空いていたので遊びに来た少年僧。

少年僧

こんな子供もやってきた。

こんな子供も向かいの席に来た

バゴーの遺跡をサイカー(人力車)でまわった。
バゴーの町をサイカーで行く

このシュエモード―・パヤーは114mもあり、ヤンゴンのシュエダゴン・パヤーより高い!
シュエモードー・パヤー

ブッダの遺髪が2本納められているそうな。たしか、ヤンゴンのシュエダゴン・パヤーは8本だった。この物神崇拝をどう感じる?

シュエモードー・パヤーー2

1931年の地震で倒壊した以前のパヤーの頂上部分が置かれていた。
1931年の地震で倒壊した以前のパヤーの頂上部

全長55mのこの像は994年に造られたものだが、長くジャングルの中に埋もれていたそうだ。

シュエターリャウン寝仏

日本軍将兵の慰霊碑

インパール作戦で亡くなった日本人将兵の鎮魂碑





2013/02/26

バガン

馬車で遺跡めぐり


より大きな地図で バガンとマンダレー を表示


エーヤワディー川中流域にあり、大小さまざまな仏教遺跡が残っているミャンマー最大の仏教の聖地。ここは1044年にビルマ族による史上初の統一王国が開かれた場所で、フビライ汗の侵入までの250年間に作られた仏教寺院が残っている。・・・といったことがガイドブックに書かれていた。

馬車を一日借り切ると20000チャット。2千円ほど。翌日、自転車で再度回ってみたが、自転車で十分だった。
馬車でまわる


シュエズィーゴォン・パヤー・・・バガンを代表する仏塔。
シュエズィーゴォン・パヤー


ティーローミィンロー寺院で会った絵葉書売りの女の子
ティーローミィンロー寺院であった絵葉書売りの女の子

マハーボディー・パヤー・・・・インド・ブッダガヤの寺院を模したもの。1215年。同じようなのをヤンゴンのシュエダゴン・パヤーで見た。あちらは色つきだったが・・・
マハーボディー・パヤー


エーヤワディー川の岸辺に建つブー・パヤー。7~8世紀頃に建てられた古い仏塔だが、1975年の地震で破壊され、現在あるのは復元されたもの。
ブー・パヤー


僕には「エーヤワディー川」という呼称より「イラワジ川」と言われた方が馴染みがある。
エーヤワディー川


ゴドーパリィン寺院・・・1174~1211年。
ゴドーパリィン寺院


馬車の御者が連れて行ってくれたレストラン。こんなたくさんの皿が出てきた。美味しかった!
昼飯


アーナンダ―寺院・・・1090年建立のバガンで最も有名な寺院。仏像は9.5mの高さ。1975年の地震で大きな被害を受けたが、現在は修復されている。
アーナンダ寺院


シュエーグーヂー寺院・・・・1131年。
シェーグーヂー寺院


ダビィニュ寺院・・・バガンで一番高い寺院。1144年。
ダビィニュ寺院

シュエサンド・パヤー・・・・1057年建立
シュエサンド・パヤー


ダマヤンヂー寺院・・・1170年。父と兄を殺したナラトゥが懺悔のために建てたが、彼も暗殺された。呪いの寺。
ダマヤンヂー寺院

スラマニ―寺院・・・1183年
スラマニ―寺院

夕景・・・僕が上っていた寺院には多くの人が詰めかけ、大半は一眼のカメラで撮っていた。
夕景ー①

夕景・・・ズームもない単眼のカメラで来ていたので、デジタルズームでなんとか対応した。
夕景ー②


さてさて、こんなに仏教遺跡を回ったってほとんど頭に入っていないのが実情。でも、せっかく回ったのだからと整理してみた。写真が間違った寺院のものを使っているかも・・・全部で15か所もまわったので、どれがどれやら、さっぱりわからなくなった。
2013/03/01

バガン・ニャウンウー

ピンサ・ルパ・ゲストハウスの日本語を話すスタッフ・・・彼は耳で日本語を覚えたそうだ。英語も話す。
宿の日本語を話すスタッフ


タナカ(顔に塗る黄色の粉)売りの一家
市場


ここの市場は昔のままの雰囲気が残っていた。
市場ー2


ナマズを捌く
市場ー3

日本レストラン「富士」・・・あのタイでチェーンを展開している「フジ」とは別。奥さんがミャンマー人の日本人が経営。安いのでよくいった。焼き鳥が美味かった。手前は餃子。
日本レストラン「富士」の餃子と焼き鳥

首長族のおばあさん
首長おばさん


首長族のおばあさんー2
首長おばさんー2


快適そうな養老院
養老院



街中にある無料の水・・・土器に入っていて気化熱で冷たいそうだ。同宿の日本人の男性は「飲んでみた」そうだ。勇気ある!下痢とか肝炎をビビる、僕にはとてもじゃないが、マネはできない。
街中にある無料の飲み水


僕が乗っていた列車の脱線事故を伝える新聞記事・・・マネージャーが新聞を見つけて、持ってきてくれた。
列車事故の記事