2001/11/01

ボアビスタ(Boavista)〜サンタエレーナ(Santa Elena)

11月1日(木)曇り BOA VISTA→SANTA ELENA
8:00ベネゼラ領事館。その場でツーリストカードを支給される。
13:00のバスでSanta Elenaへ。4Hの行程だ。最初は平坦な道だが、国境近くになるにつれて、山の中に入る。グランサバンナへの入り口なのか。
Santa Elenaの宿:La Casa de Glady’s このホテルは5000ボリバール=6.6ドルで、なぜか竹富島の宿を思いだした。ヒッピーの女の人(50歳くらいのドイツ人)が皮細工を作っていた。財布、ポーチ、首飾りなど・・・
グラン・サバーナのせいか、夜中は結構寒くトレーナーの上下を着込み、インスタントの味噌汁を飲んだ。
ボリバール 1ドル=750B 1円=6.5B 

 
Santa Elenaの宿
サンタエレーナの民宿
   
宿の女将
民宿の女将

2001/11/02

シウダード・ボリビアへ

2001年11月2日(金)やっと快晴。 Santa Elena→Ciudad Bolivar


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余分な冬物の荷物をホテルに預ける。2000B払う。(2.6ドル。払いすぎか?)
宿代は5000B=6.6$。
宿のすぐ近くが市場。市場の物売り風景を見てやっと熱帯?にきたという実感に浸る。Coixe(揚げパン)2ヶとコーラで朝食。1100B=1.5$
バス駅までタクシーで行く。1000B。駅でCiudad Bolivarまでのチケットを買う。14000B=18.6$なり。
昼食:3500B タバコ:1500B タクシー:1500B
ホテルはColonial  29000B ここは結構立派なホテル。

オリノコ川
シウダード・ボリバール
2001/11/03

エンゼル・フォール

11月3日(土)2001年 Angel Fall
・朝、ホテルからオリノコ川の朝焼けを撮影。
オリノコ川の朝

・両替が不十分(ボリバールの持ち合わせがなく朝食もとれず。
・8時、ホテルの1Fにある旅行会社にエンジェル
 フォールへの参加を申し込む。US$180なり。
 すぐに迎えが来て空港に直行。6人乗りのセスナ
 でCanaimaへ。ここで1Hほど待たされる。


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Canaimaへ行く途中の湿地帯・グリ湖。
グリ湖

ギアナ高地−1
ギアナ高地

ギアナ高地ー2
ギアナ高地ースキャン版




エンゼルフォール−1(高さ1000メートルと言われている)
エンゼルフォール

エンゼルフォール−2
エンゼルフォールースキャン版




・Salto Sapo.滝の下をびしょ濡れになりながら歩く。水着を持ってくるべきだった。
・その後、遊覧飛行機でエンゼルフォールを観る。日本人観光客と乗り合わせる羽目に。彼らはカラカスから直行で来たようだ。僕は20何時間もかけてやっと着いたのになんか拍子抜けした。滝の上空を2回ほど回って終わり。期待はずれだった。もう、この世には秘境なんてないのだと思い知らされる。
・同じホテルのアメリカ人・・・66歳のリタイアと知り合い、夕方、ホテル・カラカスのテラスでビールを飲む。彼は一方的に話すので疲れた。別れて夕食は中華レストランへ。ワンタンを食す。麺はほとんど入っていなかった。出来は塩辛くなくスペインの中華よりはるかにうまかった。焼きそばをテークアウト。
 ワンタン:2500BS・・・3.3ドル
 焼きそば:2800BS・・・3.7ドル
 ビールほか7000BS・・・9.3ドル   計16.3ドルなり
・部屋でデジカメの映像を点検。どれもいまいち。窓ガラス越しなので曇っているのだ。頭にはイメージがしっかりと刻まれているからまあいいか。
 
エンジェル・フォール。Salto Angelの印象
・飛行機が次から次と発着して観光客がわんさと押し寄せてきていた。もちろん、日本人の男女6人にも会った。秘境だと思っていたら、なんとふつうの観光名所だった。アクセスが良いのだろう。これもあのサンタ・エレーナのような不便なところにあれば、きっともっと神秘的だったのかもしれない。イグアスの滝の観光客は農協的、こちらは少しソフィティケートされた人種が中心だ。

・ブラジルでも、いや、南米に来て感じたことだが、こちらの人はあまりタバコも酒も飲まないようだ。(スペインと比べて)
2001/11/04

再びサンタエレーナへ

11月4日(日)2001年  Cuidad Bolivar →Santa Elena
・6:30のバスーこれが小さい上にトイレもなく冷房だけがガンガン効いていて、寒くてしょうがなかった。12000BSと行きより安かった。ほかにバスがなかったのでとにかく乗ってしまったのだが、これは各町をすべて停まるので、サンタ・エレーナには19時過ぎに着く羽目になったのである。12時間以上バスに乗っていたことになる。

・San Felix を過ぎると客が少なくなり、いちばん前の席に移動。車窓から景色が見え何とか人心地をつく。というのもここでは冷房が良く効くようにとカーテンをみな下ろしているので景色がまったく見えない。後部座席だとまるで棺桶の中にいるようなもので息が詰まるのだ。

・サンタ・エレーナのグラディスの宿につきほっとする。レストラン Mr.Sitioで夕食。Bufeスタイルのchurras(焼肉屋)でサラダ、スパゲッティ、肉、ビール、ロンなどで6000BS。1000円弱。
2001/11/06

ロマイラ山麓

11月6日(火)2001年
・Romaira の写真撮影.9:00~16:00 US$80
・コーディネートをしてくれたのは、Gradyの民宿にいるPobertson.彼は実はスピルバーグが「ジェラシック・パーク」を撮るためにこのロマイラ山をロケハンしたときに案内をしたとのこと。
・最初、ロマイラ山は雲に覆われ絶望的な条件だったが、ロバートソンの用事に付き合ってから麓に向かうと雲がうまく退き、全容が撮影できた。
ロベルトは神秘主義に傾倒しているようで会話の中にたびたび、そういう話が出てきた。

ロマイラ山
ロマイラ山





・16時ホテル戻り。近くの中華でチャーハン(2200BS=3ドル)を食す。塩辛くてうまくなかった。
・夜は昨晩と同じ、ブラジル人の屋台でピンチョとサラダ、ビール2本をとる。
 1700BS=2.3ドルなり。
・グラディイのコンピューターでおかしな写真を見せてもらう。傑作なのは「オーサマ・ビン・ラディンがブッシュにお釜を掘っているイラスト動画」だった。結構笑えた。
2001/11/07

サンタエレーナ

11月7日(水)夕方、一時俄か雨。
・朝、うまいenpanadaを食べる。これは餃子のような食べ物で、中に肉などを包んだパイのようなものだ。
・洗濯(Tシャツ、半そでシャツ、パンツ、靴下2足)
・昼食をボリバールの像が立つ広場に面したレストランーここはキロの店―でとる。

Santa Elena の町
サンタエレーナの町

ボリバールの像
ボリバール像




Santa Elena の印象:
・ダイヤモンドや金などを扱う店が多いのには驚かされる。
・ブラジル人の出稼ぎ者も結構いる。そのせいかブラジル料理の店(屋台も含め)が数軒ある。・村の規模は小さく快適だ。

・宿・・・少しやかましいがオーナーのグラディイは結構おもしろい。蚊にはずいぶんやられた。
・食事・・・enpanada,豆入りご飯、豆スープ煮込み、焼肉、そして中華といろいろバラエティがあってよい。
・観光客・・・同宿の若者たちは圧倒的にドイツ人。
・ツアー・・・エンジェルフォールもそうだが、物価から考えると高すぎる
2001/11/10

サンタエレーナ

11月8日〜11月10日 2001年

11月8日(木)朝一時雨。昼間もたびたびスコール。
・朝食は昨日のパナデリアで鶏肉、牛肉のエンパナーダ。コーラ合わせて900BS。
・Correoに行くが、切手がないといって断られる。
・昨晩「コロンブス航海記」を読んでいたら、“カシケ”という言葉が随所に出てきて、それが起源はインディオの言葉から来ていたということが書かれていたのには驚かされた。カシケ=実力者、首長とかの意味。
・朝、Correoを探していたらArabe料理の店を発見。ブラジル、中華、アラブとこんな小さな村に各国の料理屋があるとは・・・11・9にもまた別のアラブ料理の店を発見。アラブ人の出稼ぎは僕ら日本人には馴染みがないが、南米ではかなりの数のようだ。そういえば9.11事件の後、パラグアイでアルカイーダの組織が云々と報じられたことがあったし、実際、アラブ人のための保養施設を見かけたことがある。
・昼食・・・例のキロの店。ここの味がいちばん。
 夕食・・・gladysを出て左の道一筋目を左にとったところのピザ屋。一皿1000BS=1.3ドル。安く、しかもボリューム満点。しかし塩辛いのが難点だ。

11月9日(金)晴。
・バスターミナルへBOA VISTA行きの時刻表を調べに行く。7:00,13:00,17:00の3本のバスがあったが、午後の二つは国境までで、直行便は7:00のみとのこと。
・BOA VISTAのホテル代や町のつまらなさを考えると、日曜の朝出発したほうが良さそうだ。
・バス駅に行く途中、ハイビスカスがたくさん咲いているのを見た。雨にぬれた草の匂いが南国特有の空気を醸し出していた。
・朝食AREPA。こちらのハンバーガーのようなものを食べる。1350BS=1.8ドルなり。




グラディの住所:Gladys Bormudez
Call Uredaneta n-187
(casa glady)
Santa Elena de Vairen
Gran Sabana Estado Bolivar Venezuela

「コロンブス航海日誌」
・キリスト教徒の独善性
善良で疑うことを知らない原住民。一方黄金を略奪にきたキリスト教徒。その略奪者が原住民を教化しようというのだ。
・ラス・カサスという人物
 急進主義者
・国王=国家体制のなかで、コロンブスがもてあそばれるさま。
・コロンブスが鉄鎖でつながれ本国に送還されたという第2回航海のところが、なんともショッキングだった。彼はアルハンブラで両王に弁明をしたという。
・内容は毎日何レグア進んだとか、すばらしい土地だとかの記述なのだが、実際に旅をしている迫力が読む者を惹きつける。


昼過ぎに、日本人がこのホテルに訪ねてきた。かれは2年間かけてアジア~東欧~中東~アフリカ~南米と旅をしてきたそうだ。所持金は200万円。

この宿は圧倒的にドイツ人が多い。他にフランス人が少し、カナダ人1人、そして僕。今回こういう宿に泊まってすごく良かった。いろんな人と知り合えるし、孤独感も癒される・・・


旅装について
 
ズボン・・・短パン兼用のやつがベター
シャツ・・・長袖・半袖ともに生地が薄くポケットがついているのがいい。
Tシャツ・・・2枚(他は現地調達)
パンツ・靴下・・・捨てるようなやつ
靴・・・ゴアテックスの短靴。サンダル・・・ゴム製の軽いの
タオル・・・スポーツタオルの薄いの
ポンチョ・・・これは役に立つ
薄手のパーカー・・・これも良い。ポンチョと兼用
カメラ・・・デジタル一眼とコンパクトカメラ
ビデオ・・・長旅には不適
IPOD・・・スピーカー
ラジオ・・・現地調達
本・・・ガイドブックと文庫3冊くらい
チョッキ・・・役に立つ
ウエスト・ポーチ
ザック・・・本体は60リットルくらい
パソコン・・・軽いの。パナソニック

11月10日(土)

終日退屈な一日だった。朝はパナデリアでempanadaを1個。300bs=0.4ドル

昼は「EL PRADO」La Comida(羊肉)とコーラで1700bs=2.3ドル

夜も再び「EL DRADO」スープとコーラ 1400bs=1.9ドル

Venezelaは全般に物価が高い。タバコも1000bs=1.3ドル
              食事も3000bs~5000bs=4~6.6ドル
こんど来るときは、ロマイラ山に登るのと、海岸部に出かけてみよう。
2001/11/11

サンタエレーナ〜ボア・ビスタへ

11月11日(日)Santa Elena →Boa Vista(Brasil)
 
7:00 →10:45 運賃:5500bs 

Boa Vista Rodoviaria 駅 暑いがカラットしていた。
駅前のホテル Farrouviaria 27R=10.22ドル

前に泊まったホテルが32R=12.11ドルだった。こちらのほうが値段も安く断然きれいだ。もちろんエアコンもテレビもついているし、ホテルまでのタクシー代も10R浮く。1レアル=0.38ドル(2008年4月15日では0.60ドルほど)

早速、駅前のレストランchurreraria で昼食。サラダ、ご飯、肉が次々出て7R
ビール込みで9R=3.4ドル 炭焼き肉はうまい。

増田義郎「インカ帝国探検記」を読んでいる。この人の本は「コロンブス」「ラテンアメリカ物語」と読んだが、およそ学者とは思えぬほど、文章がうまく、知らぬうちに先へ先へと進んでしまう。

第一部はピサロとアルマグロたちの話とインカ帝国の皇帝たちの偉業が中心テーマ。

●植民地開拓者―ドンキホーテの言によれば、「スペイン中の食いはぐれ、・・・失敗者、・・・」の残虐さ以上に国王たちの貪欲さ加減に驚いた。
●ピサロの執念のすざましさ。出生の卑しい彼がしつこく粘り抜いて成り上がっていくさまは、どこかスターリンと似ているのだ。


夕食が食べれない。
日曜日の夜ということで、レストランはすべてしまっていた。やむなく近くの店でビール缶5本、ポテトチップ、バナナチップなどを買ってきて、部屋で食べる。
2001/11/12

ボアビスタ〜タパティンガ

11月12日(月)2001年  強調文Boa Vista →Tapatinga



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朝はホテルで簡単な朝食(無料)パンとコーヒー
11:25のフライトでManaus 経由でTapatingaへ
僕の予定では、Tapatingaの隣町のLeticia(こちらはコロンビア)ですごすつもりだ。こちらのほうがなんとなく面白そうだ。


Tapatingaの空港から15R払いコロンビア側の町Leticiaへ。

Hospedaje→15000ペソ=6.4ドル

為替レート
 1レアル=900ペソ
 1ドル=2340ペソ

Leticiaの町初歩き
レティシア−1

レティシア町−3

・人がよさそう。タクシーの運ちゃんもお店の人もみんないい感じだ。すばらしい町のようだ。

・川岸まで歩いてみる。今は水位が低いようで家の下の柱がむき出しになっていた。かつて、インドネシアのカリマンタンの奥地で見たように、増水期用の木の道路があった。市場の辺りはイキトスと同じような雰囲気でぬるぬる、どろどろ。犬がたくさんいるが、どの犬も皮膚病で毛が抜け落ち、中にはこぶがいくつもできているのもいる。かれらは餌を探してうろうろしているが、人間に対しては至極従順だ。それとここの犬は餌が豊富なのか、あまりやせ細っていない。

漁師

・蚊取り線香をFarmaciaで買う。1800p=0.8ドル安い。箱には「日本の技術」と謳ってあり、表示もひらがな交じりである。おかげで一度も蚊に刺されずにすんだ。




・ホテルは道路に面しているので暑いが、冷蔵庫があるのは助かる。扇風機、ケーブルテレビつきで15000=6.4ドルは悪くない。
レティシアの宿

ホテルの上の通りに「Residencia San Fernando」というのがあり、こぎれいなので値段を聞いてみたら、エアコンつきで35000=15ドルとのこと。高い!

夜中、強烈なスコール。朝方にもう一度。

N.Yでアメリカンエアラインが墜落。タリバンの工作か?と世間は色めきたったが、どうやらエンジントラブルのようだ。乗客はドミニカからの移民が主で、合計55人ほどが死んだようだ。