梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

中米最後の日  

12月1日(水)

昼前、お気に入りのサンタ・アナ広場まで散歩。今日は大型スーパにも入ってみた。品揃えは豊富で、この国が中米でも屈指の経済繁栄国だと実感させられた。

サンタ・アナ広場
サンタ・アナ広場
5月5日広場につながる歩行者天国
5月5日広場につながる歩行者天国


このことは町を走る車を例にとるとよくわかる。4WDの新しいのや高級車が目に付く。他の中米諸国とは違うという印象。理由はパナマ運河収入とこの国の空港が中米のハブ空港になっていること。従ってそれに関連した産業が発展しているのだろう。ただし、少数民族や都市部の最貧高層を置き去りにして。
あのトリホス将軍が生きていたなら、どう感じただろうか?かれは路線的にベネゼーラのチャベスなんかとかなり相通じるものがあると思うので、もう少し富の再分配を公平にしていたのではないだろうか?
ところで、無知なので知らないが、この国の政権与党はトリホス将軍の作った政党が担っているのだろうか?そうだとしたら、やはり初志が汚されて行くのが世の常なのだろうか?

中米の旅の今日で終わりだ。明日からは南米エクアドル。

category: パナマ

tb: 0   cm: 0

キト(Quito)  

12月2日(木)移動日 パナマ→エクアドル(キト)・・・ここからは2010年の記録。上記のは2001年のキト滞在記

例の取り壊した建物の前のテントが撤去されていた。どうやら、先日の強制執行の後に行われたようだ。今後、あの人たちはどこで暮らすのだろうか?

8:30ホテル発
9:00空港着 チェックイン
11:54定刻どおり出発
13:30 キト着
14:30ホテル「Viena Internacional」着。


ホテルは写真で見ていた外観と違ってえらく貧相な入口だった。
ホテル ビエーナの正面玄関

しかし中はパティオがあり、それを取り囲むように部屋が3階建てで配置されている。部屋には机!があり、椅子もふたつ、衣裳箪笥もある。もちろんテレビ、電話までついているのである。掃除は行き届いていて申し分なし。と思いきや、ネットの接続が非常に弱く室内では無理。部屋の外ならなんとか繋がるという状態だ。
まあ、こんなものだろうと諦める。

なんと机があった!
机がある!!!

早速、表に出てみる。少し肌寒い。ホテルの前の坂道の繁華街を下っていくとプラサに出た。「La Marin」という。そこのバーゲンショップでセーターを買う。13ドルなり。それを着こんで少し落ち着く。
界隈には小さな食堂がたくさんあるが、どこも一皿に盛りつけたのが、1,5ドルから2,5$くらいと安い。Encebolladoといって玉ねぎの入った魚スープが珍しい。早速、食する。濃厚な味でなかなか美味だが、残念ながら生ぬるかった。もう少しアツアツだといけるのに。1,60$。
玉ねぎスープ


坂を反対側に上ってゆくと「Plaza Grande」に出た。ここは9年前に来たことがある。
Plaza Grande



広場を取り囲むように建物が建っているが、そのうちのカテドラルの真向かいの土産物屋が一階、二階がCaffeの建物に見覚えがあった。カフェでコーヒーを飲んだことを記憶している。ただ、当時と違い、警官の数がやたら多い。どこを見ても警官だらけだ。確かに安全面では良いが、少し違和感がある。

Palacio Arzobispal
記憶にある建物

プラサのベンチでまずはタバコを一服。ところが周りに目をやるとタバコを吸っている人など皆無だ。足元を見るとゴミひとつ落ちていないほど、きれいに掃き清められているのだ。もしかしたら、この町は路上禁煙なのだろうか。気まずい思いになりタバコの火を消す。

突然、広場の一角ツーリストオフィスのある建物に向かってシュプレヒコールが聞こえてきた。「うそつき!」「うそつき!」と笛を鳴らしながら叫んでいる集団が50人ほど。なにやら約束ごとが履行されないことに抗議しているようだ。警官が配置されていたが、別に弾圧するような気配はない。この国もかなり民主化されているようだ。それに引き換え我が「民主主義国」日本で、万が一にも政府の建物の前で無許可の抗議行動を行ったりしたら、たちまち公安条例違反で排除または検挙されるだろう。中南米で以前の軍事独裁政権下では決して観ることがなかった光景に出くわし感無量だった。

その後、いろんな店を覗きながら散策。電気屋に冷やかし半分で入ってみた。売り場の女の子に、だめもとで「お湯を沸かす器具があるか?」と尋ねた。すると意外にも「ある」と言って持ってきてくれた。碍子にコイルを巻きつけたもので、今まで見たこともない携帯湯沸かし器具だ。よくあるのは、金属の棒でできていてそのまま水に突っ込むやつだが、こちらは小型で軽量と進化している。値段も3ドルちょいと破格だ。喜び勇んで購入。
さっそく部屋に戻り、持参のカップに水を張り入れてみる。コンセントにつなぐと瞬間でぐつぐつと水が煮え立ってきた。なんと20秒ほどでお湯が沸くではないか!瞬間湯沸かし機だ。感動!パナマで華人経営のスーパーで買った緑茶のティーバックを入れてみる。風邪気味(もしかしたら、軽い高山病かも)だったので、熱いお茶がすごくおいしかった。携帯の湯沸かし器は今回の旅の荷づくりの最後の最後で、その重さを考え、持っていかないことにしたのだが、旅する中でいつも後悔していたのである。硬派バックパッカーたちが泊まる宿なら共同キッチンがついているだが、中途半端な軟派バックパッカーの僕が泊まる宿では、お湯を手に入れることができないからだ。優れものに感謝!

これぞ瞬間湯沸かし機だ!
瞬間湯沸かし機

バルコニーから撮った夕方の通り C/chille
バルコニーから
 

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

昔の宿を発見  

12月3日(金)曇り

次の宿の候補を見に行く。La Alamedaの近くでhostal Margarita2というホテルでネットでは12$でバス・トイレ付、ネットもオーケーという条件だった。実際に行ってみるとネットはなかった。このホテルの一角にはたくさんホテルがあるので、いろいろと探しみたが、ネットのない所ばかりだ。宿の相場は個室・バス・トイレ付で10ドル前後だ。
帰り道にLa Bacilica という教会によった。ゴチック建築のなかなか迫力ある建物である。中はいたってシンプルだった。後で調べてみると歴史が浅いことが分かった。

Basilic del Voto Nacional
Basilica del Voto Nacional

昼飯はホテルの前の食堂。定食とスープで3,5$。
ホテルの向かいの定食屋

3時過ぎにトロリーバスでリオ・アマソナスに行く。あまりの様変わりに驚く。

Mariscal 地区

マリスカール地区

リオ・アマソナス通りを歩いて、昔泊まったホテル「アマソナス・イン」を発見。

アマソナス イン

あの時は新築できれいだったが、9年も経つとすっかりくたびれていた。シングルで14ドルとのこと。

安い中華屋も健在だった。それなりにきれいになっていて、メニューなど出している。
昔通った中華屋


しかし、このあたり一帯はタイのカオサンのような町になっていて、あまり興味がわかない。いうのは地元の人がいなくてすべて外人に占領されたかのような町だからだ。
疲れて旧市街に戻ってくると、こちらのほうがはるかに落ち着くことを実感。

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

ホテルをチェンジ  

12月4日(土)風邪気味 ホテルを変える 


朝、朝食には時間があったので宿を探しがてら近所を散策。すると、信じられない条件の宿を発見。なんと8ドル。少し安すぎではと思い部屋を見せてもらうが、今までの安宿とは較べものにならないぐらい綺麗なのだ。もちろんバス、トイレつき。Rincon Familiar.

Hostal Rincon Familiar

朝食を終えるとすぐに移動。今までいたホテルから5分もかからない距離だ。スタッフのおばさんも感じが良く、大満足。さて、肝心のネットだが、室内では無理だが、ネット専用の部屋があり、そこなら十分な環境だった。ところでVienaホテルだが、昨日は部屋の外に出ても繋がらなかった。

その後、Malin広場の先にある市場に行ってみる。この市場が整然としていて、市場特有の猥雑感に欠けるのでつまらなかった。

市場・・清潔そのもの

市場から出て、サン・フランシスコ教会まで足を延ばす。一昨日のプラサ・グランデとここの印象がごっちゃ混ぜになっていたのに気づく。
サンフランシスコ教会

サンフランシスコ広場でくつろぐ地元のおやじさん。僕ではありませんよ。
サンフランシスコ広場でくつろぐおじさん


昼ご飯は、ホテルの横の安食堂。話が全く通ぜず、相手の言う通りにうなずいた。出てきたのはチキンスープとライス(鶏からと豆の煮込みがついている)。
これが素朴な味でうまかった。勘定はなんと1,5$なり。
チキンスープ


プラサ・グランデのすぐ近くで市が開かれていた。セーターを一枚買う。おばさんはアルパカだからと言って、17ドルを15ドルにしか下げない。それでも暖かそうなので手打ち。

スーパーに立ち寄り、カップ麺、粉末スープとパンを買う。支払いに先ほどのセーターのお釣りの5ドルを出すと、店員が札を伸ばしてみて、偽札だ!と言ったので、改めて他の紙幣で支払う。偽札を使ったことは不問。どうやらこんなことは日常茶飯事ようだ。

帰り道、先ほどの露店に行き、おばさんに事情を話すと「自分はペルー人で偽札のことはまったく知らない」と言いながら、別の5ドル紙幣に変えてくれた。おばさんの顔を見ていると本当のことを言っているようだった。

風邪がひどくなそうなので、薬局で薬を購入。

夕食はカップめんで済ませ、ヒートテックを着て寝る。この優れものを、もうひと組、持ってくるべきだった。

本日の歩きは風邪気味にもかかわらず25,512歩だ。ちなみに昨日もそれくらい歩いているはずだが、残念ながら万歩計を装着していなかった。

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

風邪でダウン  

12月5日(日)曇り

昨晩は風邪のためよく眠れず。何度も目が覚めた。それほど熱があるわけでもないのだが、寒き気がして大量に下着を着こんでもなかなか寒気が止まらなかった。薬局で買った薬があまり効かない。やはり日本から持参の「るる」のほうが良く効く。
今日は昨晩よりは少しまし。それでも全身がだるく、回復には程遠い。

寝ていても治らないので町中を歩きまわる。

プラサ・グランデのPalacio Arzobispalの内部・・・最先端のブティックやレストラン・カフェが3階を埋め尽くしていた。

arzobistalの中

Arzobistalの中のパティオ

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

新築のバスターミナル  

12月6日(月)晴れ


地方行きのバスの駅に行ってみる。C4のトロリーバスの終点で、できたばかりの駅だ。以前のバス駅の雰囲気は全くなく、安食堂さえ目に付かなかった。Bano,やRiobamba方面へは30分ごとに各社から出ている。ということは、出発の日にここに来さえすれば、いろんなバスが選べるということだ。

新築のバスターミナル

その後、旧市街散策

サントドミンゴ教会
サントドミンゴ教会

ケーキ屋さん
ケーキや

ベネズエラ通りから見えるPanecillo 
venezuela通りから見たPsnrcillo



category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

ガラパゴス島  

12月7日(火)晴れ

風邪はかなり良くなった。

Mariscal(新市街)へトロリーバスで行く。
ガラパゴスツアーの情報を仕入れに行ったのだが、大した収穫なし。安いのだと1,300ドルほどで4日間のクルージング。高いのは2,000ドルで8日間といったところか。クリスマスになると価格が跳ね上がるそうだから、行くとしたら10日の週だ。となるとグアヤキルからの出発でもよい。あまり高くなく、そこそこ楽しめるツアーがあれば行ってみようか。

ただ、僕はどうもあのクルージングというのが好きになれない。スノッブな雰囲気と待遇格差が歴然としている中に身を置くのがどうにも耐えがたいのだ。でも、ガラパゴスの自然だけは見ておきたいし・・・となると島に自力で行き、毎日デーツアーに参加するという方式もある。どちらにするか、思案のしどころだ。

グアヤキルまでバスで8時間ほどかかるようだから、3日ほどかけてゆくことにしよう。前回とは違ったルートを検討中。

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

グアランダ(Guaranda)  

12月8日(水)キト→グアランダ

朝、9時。ホテルを出てタクシーを探すが、なかなかつかまらない。やむなく、サントドミンゴ広場まで歩き、トロリー駅でC4路線のバスに乗る。セントロのほうへ向かうバスは超満員だが、郊外へのバスはゆったりしている。25センタボ。タクシーだと5ドルほどかかったので、思わぬ節約。

10時発のAmbato経由Guaranda行きのバスのチケットを購入。6ドルなり。
バスは空いていて、しかも僕の席は一番前の右端で見晴らしのいい場所だった。
2時間ほどしてAmbato着。9年前に来た時はここからRiobambaへと向かったのだが、今回はChinborazo山を挟んで北の道を行くことになる。高原をひた走るだが、腕時計の高度計を見ると4,000メートルを指していた。ガスがかかっていて、寒々とした風景だ。

サリーナスへの道

高度計は4000メートルを指していた
4000メートル

2時間半ほどでGuarandaのバス駅に到着。

タクシーを拾って「オスタル・ボリバール」へ。バス・トイレ付のシングル。と言ってもダブルベッドだったが、15ドル。田舎にしては少し高い。
グアランダのホテル

荷物を置き、遅い昼食に出かける。
人口3万のこの町の旧市街は教会を中心にこじんまりまとまっていて、コロニアル風の建築物がそれほど傷みもせずに残っている。
グアランダの教会

グアランダの市場 開くのが遅かった
市場


ただ、僕が見た商店主はスペイン系の人が目立った。ホテルのオーナーもそうだし、タバコを買った店もそうだった。
エクアドルは混血65%、インディオ25%、スペイン系7%黒人3%という人種比率だそうだから、その比率からいうと多い気がする。キトのような大都会ではだれが経営者か従業員かわからないが、それでも最初に泊まったホテルの主人はスペイン系だったし、レストランのオーナーもスペイン系だった。そういえば露店主を除くと確かにインディオの商店主と言うのはあまり見なかった。唯一見たのはホテルRinconのすぐわきのよろずやの女店主がインディオだったことぐらいだ。

ホテルからすぐのところに「中華」を発見。Sopa con Tallalinを注文。僕は湯麺のようなものを想像していたが少し違っていた。麺はそうめんのような細麺が少し入っているだけで、スープは海鮮スープだった。でも、なかなかおいしかった。ウーロン茶もいれて2,9ドル。
グアランダのラーメン


ホテルのネット環境はまあまあ。部屋からは、かすかに電波を拾ってはいるが、まず無理だと思う。

夕食にホテルのレストランに入ったが誰も出てこないので、またもや先ほど行った中華「Chifa Hong Kong」へ。店は結構繁盛していた。店の奥さんとちょっとだけ話すと広東の出身だと言っていた。エクアドルの高原の町にどうしてやってきたのか、経過を知りたかったが、聞きそびれた。

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

サリーナス(Salinas)  

12月9日(木)曇り グアランダ(Guaranda)→サリーナス(Salinas)

9時前にホテルを出てタクシー(1ドル)でプラサ・ロハに向かう。ここでサリーナス行きのカミオネータ(小型のトラック)を拾う。タクシーだと15ドルほど取られるが、これだと1ドル。運よく僕はキャビンのシートに座れた。
サリーナスへの車

山の斜面にインディオの家々が散在しているのが見えた。斜面はほとんどが牧草地で、牛や羊を飼っているようだ。少し気になったのは、木が部分的には残っているが、残りはすっかり切り払われていることだった。豪雨が来ると土砂崩れが起こるのではないだろうか。切り出された木々はおそらく燃料用の薪として使われているのだろう。植林の形跡はほとんど見られなかった。

丸裸の山の斜面が・・・

トラックは村の交通機関
村の交通機関はトラック・サリーナス

45分ほどでサリーナス村に着いた。
村の広場で車を降りて、あたりを見るがホテルらしきものが見当たらない。困惑していると、ガイドの仕事をしているという青年が宿を紹介してくれた。ドミトリーだが、貸切りということだった。5ドルなり。山小屋にきたような感じの宿だ。
サリーナスの宿

宿の内部

荷物を置くとすぐに村を見に出かけた。人口1000人ということは、大所帯の家族構成だから、おそらく150戸ぐらいではないだろうか。
村の中心には広場と小さな教会、村役場があった。そこから四方に道が広がっており、その先は山の斜面に点在する家々に繋がっている。


サリーナス広場

サリーナス村雑感-1

チーズ工場

僕はかつて長期滞在したことがある、スペイン・バスク地方のロンカル谷のウスタロス村を思い出し懐かしくなった。ウスタロス村と同じように、ここでも特産品としてチーズが有名だそうだ。

山の斜面に一か所だけ地面がむき出しになったところがあったが、宿のおばさんに翌朝、教えてもらったことだが、岩塩の採掘場だそうだ。
岩塩採掘場

この町の名前がSalinasと言うのもSal(塩)から由来しているとのことだ。以前はおそらく近隣の地域に移出されていたことだろう。そして今は牛などに与えるために採掘しているそうだ。こうした伝統が今ではチーズやカカオといったこの村の特産品づくりに脈々と受け継がれているのだろう。加えて、牧歌的な山村の景観とインディオの素朴な暮らしぶりが見られることがこの小さな村が観光客を惹きつけ、村の振興に貢献しているのである。「サリーナス村繁盛記」といった本が書かれそうな村だ。


青い目をしたアルパカ
アルパカー2
青い目のアルパカ
ロバはひとりで乳を運んでいた。
けなげなロバ

夕方、霧がかかってきたかと思うと小雨に変わった。宿の部屋の窓から外を見ると家々の煙突から煙が出ている。暖房の煙のようだ。寒暖計では12度だが、体感温度はもっと低い。 僕のいる部屋には暖房は一切ないので煙がうらやましく見えた。
夕方霧が


夜中寒くて何度も目が覚める。
昔、山小屋で泊まっていてもまきストーブとかがあって結構暖かかったことを思い出した。ここでは湿った2枚重ねの毛布だけが唯一の暖だった

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0

グアヤキルへ  

12月10日(金)晴れ 移動日 サリーナス(Salinas)→グアランダ(Guaranda)→グアヤキル(Guayaquil)

<遠くにアンデスの高峰が・・・>
チンボラッソ山系の高峰


朝7時出発
8時前にGuaranda着。
8時15分のバスでGuayaquilへ
12時30分Guayaquil着

タクシーでホテルSanderへ。窓から通りが見えるエアコン付きの個室で18ドル。扇風機だけだと13ドルだったが窓も何もない部屋なので、こちらにした。
洗濯物をだしに行くため、キロで測ってやってくれる洗濯屋を探して歩いた。あるオヤジに尋ねたらいい加減なことを言われてずいぶん遠くまで歩いたが、見つからなかった。
やむなくホテルの室内で下着だけを少し洗う。後で気がついたのだが、洗面所では洗濯禁示と書かれた張り紙があった。
<ホテル サンデールの看板が見える>
ホテル サンデール


人口210万人のエクアドル最大の都市グアヤキルは危険な町だと盛んに聞かされていた割には、そんな雰囲気は皆無だった。確かに怪しげなバルやディスコなどがあるが、そういうところを除けば活気があって、キト(160万人)などとは較べものにならないぐらい賑やかな町だ。昨日のあの牧歌的な山村から下りてきた人間には、眩暈がしそうなくらいである。
グアヤキルの街並み

<セントナリオ公園>
パルけ・セントナリオ
<セビッチェ>
セビッチェ・グアヤキル

category: エクアドル

tb: 0   cm: 0