2011/11/03

チベット・ラサへ陸路行ってきます

11月3日(木)

今週の土曜日からランドクルーザーで陸路、チベットへ行ってきます。
チベットへは、個人旅行ではいけないので、ツアーに参加するという形で入国することになるようです。
日程は往路が4日間、ラサ滞在が3日間、復路が2日間の予定です。

おそらく、コースはこのようなものだと思います。

第1日目:早朝カトマンズ発~中国との国境を越え、ZANGMU(読み方が不明。ザンム?)で宿泊
第2日目:ZANGMU~LHATSE(ラッツェ?。4,350メートル)
第3日目:LHATSE~XIGATSE(シガッツェ?)~LHASA(ラサ)

ラサに3日いて、同じコースを帰ってきますが、帰りは往路より短縮されるそうです。

添付の地図ですが、ラサやカトマンズが入っていないときは、左上のゲージでマイナスのところを左クリックしてください。


大きな地図で見る
2011/11/15

カトマンズ~ジャンムー(中国)

11月5日(土)カトマンズ~Gangmu(ジャンムー・中国チベット)第1日目
5時ホテルで朝食
6時バイクの迎えが来る。
6時20分 旅行会社「シンハル」前から出発
途中、朝食休憩。僕はホテルで済ましてきたので、コーヒーだけ飲んだ。

国境のイミグレで中国側ガイドとの合流がうまくいかず、時間を食う。
イミグレで驚いたことは、チベットのガイドブック(ロンリープラネットや地図など)の持ち込みが禁止されていることだった。

今回は少人数のツアーと聞いていたが、実際は40人ほどの寄せ集めのメンバーだった。当然車はランドローバーなどではなく、バス、それもかなりくたびれたバスだった。

ジャンムーの町で遅い昼食。午後5時ごろ。

食事の後、再度移動。
9時ごろ、ジャンムーの町のかなり上のほうにある旅館に到着。暖房がまったく利いていないため、寒くて眠れないので、シュラフを取りだし、眠る羽目になる。

寝袋で助かった
2011/11/15

Zhangmu(ジャンムー)~Lhatse(ラツェ)

11月6日(日)Gangmu(ジャンムー)~Lahtse(ラツェ)第2日目
夜中目が覚め、しばらく起きていたが、2度寝。これがとんでもないことになる。ドアのノックで起こされ、朝食抜きで出発することになった。僕には珍しいチョンボ。
8時半:ホテル発。出発した村はおそらく「ニェラム」と言って、ジャンムーよりラツェ寄り。

まず最初の峠(ヤルレ・シュンラ峠)
D300ヤンレ・シュンラ峠ー2

タルチョの向こうにヤクが・・・
D300 ヤンレ・シュンラ峠




バスの調子が悪く、何度も修理のため立ち往生。
車の故障でなんども立ち往生

中尼公路(中国ネパール友誼道路)の先にエベレストが姿を見せていた!

D300中尼公路(中国ネパール友誼道路)とチョモランマ



13時30分。オールド・ティングリで昼食
野良犬が多いのと砂埃がひどいのが特徴的だった。
ティングリの犬たち

青空市場
ティングリの青空市場

食堂の子供たち
食堂の子供たち


さて、1時間後の14時30分になってもバスは修理を終えていない。
ティングリで車の修理・・・ついにダウン



17時30分。ガイドがほかのバスを呼び、それに乗り換えて出発。

21時40分。ラツェ着。古民家風の宿だった。
古民家風のラツェの宿
2011/11/15

Lhatse(ラツェ)~Shigatse(シガツェ)

11月7日(月)Lhatse(ラツェ)~Shigatse(シガツェ)第3日目
8時食事
9時出発

途中、遠くにヤクの姿が・・・
遠くにヤクが・・・

12時30分 チベット第2の都市。シガツェ着.

シガツェの街並み

シガツェの青空市場

シガツェ青空市場


シガツェ・ヤク・ホテル

シガツェ「ヤク・ホテル」

昼食に食べた「ヤクらーめん?」肉はヤクの肉とのことだった。
ヤクらーめん


15時30分 タシルンポ寺院

タシルンポ寺院ー全景 D300
D300タシルンポ寺院ー1

僧侶と子供 D300
D300タシルンポ寺院ー2僧侶と子供

ストゥーバ D300
D300タシルンポ寺院ー3チョルテン

五体投地する信者 D300

D300 タシルンポ寺院ー4五体投地

マニ車 D300
D300タシルンポ寺院ーマニ車

タルシンポ寺院本堂 D300

タルシンポ寺院ー6


壁を塗る僧侶 D300  ピンが甘い!

タルシンポ寺院ー7 壁の色を塗る僧侶

タルシンポ寺院はゲルク派の中心的存在。15世紀にダライ・ラマ1世により創建された。ダライ・ラマ5世の教師を務めたタシルンポ寺院の僧院長(パンチェン・ラマ)が、ダライ・ラマによって阿弥陀如来の化身と認知された時以来、隆盛を誇ってきた。パンチェン・ラマの住居がある。

チベットの2大ラマ、「ダライ・ラマ」と「パンチェン・ラマと」いうような言われ方があるが、現在、中国政府公認の「パンチェン・ラマ」とは、こうした出自である。つまり、ダライ・ラマ側から言わせれば、たかがシガツェの寺院の僧院長でしかなく、ダライ・ラマの家庭教師だった人物で、全チベットの頂点に立つ存在ではないとのことだ。

このあたりの微妙な話は、ガイドは当然ネグレクトしていた。

なお、文革の時には、ここも破壊されたが、その後、パンチェン・ラマ10世が1989年から5年かけ修復した。その10世の霊塔を中国政府が10億円以上を投じて1994年に建設した。

この辺にも中国政府のチベット慰撫政策の思惑が見えてくる。

よく、欧米の人たちは、ダライ・ラマ統治時代が良かったように言うが、それは必ずも正鵠を射ているとは思わない。貴族制を敷き、貧富の差が極端だったあの時代を擁護するのはおかしい。
問題はチベット人が自らの政体を選択できていないことが問題なのだ。漢民族の大量流入と中央政府による抑圧的支配、チベット人の貧民化・・・こうした課題に、かのダライ・ラマが自らの宗教的権威をうまく利用して、積極的にチベット大衆とともに連帯して、立ち向かってゆくことが望ましいと思う。

僕は25年ほど前に、あの人をインドのラダックでまじかに見て、えらく好感を持ったことを覚えている。気さくな人柄なのだ。その後、彼のインタビューを企画し、当時のテレビで放映したことがあるので、なおさら、彼に対する思いは強いものがある。

だからか知らないが、美食で顔がはちきれそうになったパンチェン・ラマの肖像写真に、嫌悪感を覚えるのである。

2011/11/15

Shigatse(シガツェ)~Gyantse(ギャンツェ)

11月8日(火)Shigatse(シガツェ)~Gyantse(ギャンツェ)第4日
6時起床。
10時出発。

ギャンツェへの道  D300

中尼公路(ギャンツェへ)


用水路
ギャンツェへの道



12時30分 ギャンツェ到着。ホテルは「Tibet Gyantse Yu Tuo Hotel」
ギャンツェのホテル



昼飯後、15時から「白居寺=Phalkol Chude」へ。
ここは、Kumbumというチベット最大の塔(37メートル)が有名である。8F建てのこのチョルテンの内部には、実に10万体の仏像が描かれている。

白居寺
白居寺

チョルテン
Kumbum

チョルテンアップ D300

KUMBUM クンブム・チョルテン 目のアップ


白居寺内部
チョルテン内部
チョルテン内部
チョルテン内部ー2




向こうの小高い丘の上に見えるのがギャンツェ城・・・「セブン・イヤー・イン・チベット」の本に写真が出てくる。
ギャンツェ城


2011/11/15

Gyantse(ギャンツェ)~Lhasa(ラサ)

11月9日(水)Gyangtse(ギャンツェ)~Lhasa(ラサ)第5日目
9時。ホテル発。まるでラサの到着時間に合わせるかのように、何度も写真撮影のためにバスが止まる。ヤムドク湖
ヤムドク湖ー1



12時過ぎ。ナンカルツェの町で昼食。
ナンカルツェの街並み

ナンカルツェの食堂。ビュッフェスタイルの食事があったが、田舎にしては高すぎる。40元!
ナンカルツェの食堂

食後も撮影のための停車がたびたびあった。ヤムドク湖・・・ヤムドク湖(チベット語発音:ヤムジョグヨムツォ、中国語:羊卓雍措または羊卓雍錯、英語:Yamdrok Lake)は中華人民共和国チベット自治区のラサ市西郊外にある湖で、ナムツォ(納木錯)、マナサロヴァル湖と共にチベット三大聖湖と呼ばれる。最近はラサの観光の候補地として、訪れる人が多い。
ヤムドク湖-2




18時。ラサに到着。赤江拉辻ホテル(Trichang Labrang Hotel)
文化財に指定されている由緒ある建物。

ラサのホテル

部屋の中・・・
ラサ・ホテル室内


19時。夕食。刀削麺。

刀削麺
2011/11/15

Lhasa(ラサ)

11月10日(木)Lhasa(ラサ)   第6日目
6時起床
8時朝食

9時ホテル発
9時半「Drepung Monastery・哲蛙寺」
D300 山の斜面の岩に仏さんが描かれていた。
Drepung Monastery-1

入り口の切符売り場
哲蛙寺

D300「物乞い」で生きるチベットの子供たち・・・怒りを感じた。先代のパンチェン・ラマの霊塔に何億もかけるのだったら、こうした子供対策に金を使ってほしい。
子供・・・乞食

本堂
Drepung Monastery-2

12時30分ホテル着

15時 大昭寺(ジョカン)
D300 ジョカン
ジョカンー1

D300
ジョカンー2



前の広場(バルコール・プラザ)では信者たちが五体投地に励んでいた>
ジョカンー3 五体投地



向こうに見えるのが「ポタラ宮殿」
向こうにポタラ宮殿

D300
向こうにポタラ宮

D300  ジョカンの周り(バルコール)
バルコール・サーキット(ジョカンの回りの道)






17時30分 ホテル帰着

19時 夕食はバルコールの食堂で牛肉麺。担担麺の牛肉版
バルコールの食堂で
2011/11/15

Lhasa(ラサ)

11月11日(金)Lhasa(ラサ)   第7日目


8時食事

9時出発

9時半「ポタラ宮」着

オリンパスXZ1で撮ったポタラ宮殿
ポタラ宮ー1

D300で撮ったポタラ宮殿
D300 ポタラ宮殿-1


オリンパスXZ-1で撮った
ポタラ宮ー2

D300で撮ったポタラ宮殿ー2
D300 ポタラ宮殿ー2


ブラジル人に撮ってもらった。
ブラジル人に撮ってもらった

D300 ポタラ宮殿から見たラサの街並み
D300 ポタラ宮殿から見たラサの街並みー3


12時15分 ポタラ宮殿からホテルへ

12時30分 近くの店で水餃子。醤油味のワンタンのようで旨かった。 
水餃子


15時半:ホテル発 セラ寺院へ
D300
セラ寺標識


16時:セラ寺院 お寺は改修中のため入れず。代わりに見習い僧侶たちの「教理問答」を拝見。この寺はかつて河口慧海が2年ほど滞在した寺である。多田等観もいたとガイドブックに書かれていたが、僕はこの人は名前しか知らない。河口慧海のほうは講談社学術文庫で読んだことがあるので、知っていた。その彼がこの「教理問答」のことについて触れていたのを覚えている。
た。
セラ寺での教理問答

D300 セラ寺僧侶
セラ寺僧侶


2011/11/15

Lhasa(ラサ)~Zhangmu(ジャンムー)

11月12日(土)Lhasa(ラサ)~Zhangmu(ジャンムー)第8日目

ラサからシガツェまでの鉄路の建設が進んでいた。ガイドによれば、3年後にはジャンムーまでラサから鉄道が開通するそうだ。
ラサ・シガツェ鉄道建設現場の看板

ヤクがいた!!!
ヤク

D300 ヤクの群れ・・・もしかしたら、ヤクと牛のハーフの「ゾッキョ」かもしれない。ゾッキョはヤクに比べておとなしく、扱いやすい。牛よりも高地に住めるという特徴を持っている。

ヤクの群れ



12時40分 シガツェで昼食
18時ごろ:夕陽を浴びたエベレストの素晴らしい姿を写真に撮ることができた。この時点では、オリンパスのデジカメの写真しかアップしていないので、画が荒れているが、近々、D300で撮った写真を差し替えるつもり。


真ん中の峰がエベレスト(チョモランマ)ー1
チョモランマー1

D300 夕陽を浴びたチョモランマ-2
チョモランマとタルチョ

D300 夕陽を浴びたチョモランマ-3
夕陽を浴びたチョモランマ


左がエベレスト(チョモランマ)・・・走行中のバスから
チョモランマー2


21時30分 ゴンムーのホテル着。僕だけなぜかドミトリーに宿泊。トイレもシャワーもなし。
2011/11/15

Zhangmu(ジャンムー)~Kathmandu(カトマンズ)

11月13日(日)Zhangmu(ジャンムー・中国)~Kathmandu(カトマンズ・ネパール)

5時起床

ジャンムーは急峻な山肌にしがみつくようにビルが立ち並んでいた。
国境の町ということもあり、どこか荒んだ感じがする。人々もお金に敏感だ。闇の両替商がここではおばさんばかりで、男の両替商に遭わなかったのも珍しい。

ジャンムーの町

9時 ホテルで朝ごはん
9時半:ホテル出発
10時:イミグレ

カトマンズへの道


12時30分 カトマンズ・シエスタハウス着
12時45分:日本レストラン「ふる里」で凱旋記念の昼食。串カツ盛り合わせ、漬物、納豆、インゲン胡麻和え、焼きおにぎり、ビール2本。しめて1200Rs=1200円ほど散財した。1200円!!!(嬉し笑い)

カトマンズの日本レストランは安くて、そこそこおいしい。ほかの国の日本レストランに比べると破格だと思う。「桃太郎」「ふる里」「おふくろの味」などがある。ほかに「ロータス」という画廊兼「レストラン」があるが、ここの「カツカレー」はほんと素晴らしい。ミニサラダとコーヒーが付、ボリュームたっぷりの「カツカレー」が240Rs=240円だ。僕は2日連チャンで通い、日本のカレーチェーン「COCO壱」などのカツカレーがバカ高く、まずいことを思い出した。