2014/11/09

ほぼ半世紀前の出来事!



権力と・・・の本

つい最近、京大に私服の公安警察官がはいり込んでいて、学生たちに捕まった事件があった。

京大:構内に私服警官 通告なし 学生ら取り囲み騒然
通告なしというより、忍び込んでいたのが見つかったということだが、それにしても、時代の変わりようはすさまじい。

そのことを辺見庸がブログに書いている。
東大ポポロ事件というのがあった。東大の学生団体「ポポロ劇団」が1952年、本郷の学内で松川事件をあつかった演劇『何時の日にか』の上演をおこなったさい、観客のなかに私服警官4名がいるのを学生が発見し、警官を拘束して警察手帳をうばい謝罪文を書かせた。それを口実に学生が逮捕、起訴される。これにより、憲法第23条が保障する「学問の自由」とそれを基本理念とする「大学の自治」が、この国ではじめて本格的に議論された。一審の東京地裁は「大学はがんらい、学問の研究および教育の場であって、学問の自由は、思想言論集会などの自由とともに、憲法上保障されている。これらの自由が保障されるのは、それらが外部からの干渉を排除して自由であることによってのみ、真理の探究が可能となり、学問に委せられた諸種の課題の正しい解明の道がひらかれるのである」「大学はそれじたい、一つの自治の団体であって、学長、教員の選任について充分に自治の精神がいかされ、大学の組織においても学長の大学管理権を頂点として自治の実態に沿うような構成がつくられている。これにくわえ、学生も教育の必要上、学校当局によって自治組織をもつことを認められ、一定の規則に従って自治運動を為すことが許されている」として学生らを無罪とした。いまからすれば、まるで夢のような名判決である。二審も一審を支持したため(!)、検察が上告。最高裁判所大法廷は、しかし、1963年(昭和38年)5月、原審を破棄し、東京地方裁判所に差し戻した。その理由は「本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく……本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない」からという。これに全国の大学が怒り、学生も教員もデモをした。わたしは19歳で、ポポロ判決抗議のデモ中に公安条例違反で逮捕された。まだ血で血を洗う内ゲバも連合赤軍事件もないころである。1963年にはケネディが暗殺され、堀田善衛が『審判』を、大江健三郎が『性的人間』を上梓した。最近の京大キャンパスでのできごとと学生寮強制捜査で、そのポポロ事件をおもいだした。ただ、ポポロ判決のころは、大学の自治だけではなく、言論・思想の自由を蹂躙した旧治安維持法の再来という危機感が大学にも学生にもメディアにもあった。最高裁の判断にしても、大学の自治じたいは肯定していたのである。いまはどうか。言論・思想の自由がうばわれるという危機感はほとんどない。このたびの京大での事件を、秘密保護法とのかんけいで深刻視するむきはまことにすくない。しかし、ことはいわゆる〈過激派〉の問題ではなく、権力がいま、秘密保護法適用の予行演習をしている、ということである。「特定秘密」の対象になる情報は、「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」などとされている。これら分野における政府方針に反対するうごきにも官憲の調査権がおよぶ。つまり範囲などはなにもない。わたしをテロリスト教唆とみなせば、いつだってしょっぴける。なんのことはない、治安維持法の再演である。「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という治安維持法が、条文の範囲をむげんに拡大し、ひとびとを苦しめ、密告者を増殖し、思想をいかにゆがめたか。ポポロ判決のころはまだその記憶がのこっていたのだった。社会に嫌悪感があった。いまはどうだ。大学で高度の自治意識をもつところは皆無かきわめてすくなく、学生運動を暴力団とおなじ〈反社会勢力〉ときめつけて警察と積極協力してキャンパスからしめだすうごきばかりではないか。教員からも学生からも反権力、反権威の気概がすっかりなくなった。端的にいって、そういう社会はクソである。エベレストにのぼった。(2014/11/14)


実は1966年にも京大の西部構内に警官が侵入した事件があった。
警官と学生のもみ合いになり、学生ひとりが逮捕された。
抗議行動は「全学スト」となり、数千人のデモ隊が学生が留置されていた川端署を取り囲んだ。
当の学生は「公務執行妨害」罪で起訴された。
そのときの裁判で被告側の「特別弁護人団」が結成され、河野健二、杉本敏正、野村修といった先生たちが「大学の自治と学問の自由」をテーマに論陣をはった。
余談だが、この裁判では逮捕者が何人もでるくらい毎回大荒れに荒れ、
時の首相で安倍の叔父の佐藤栄作が「裁判所の秩序維持」について発言したものだ。
一番最初の写真の本は野村修先生がその時のことを中心に書いた本。
ところで、ひとりの学生というのは「私」のことである。




安倍は自らのアベノミクスが破綻していることを隠蔽するために、またもや論点をすり替えて「消費税延期」の信任のために選挙をするそうだ。

枚挙に暇がないほど劣悪な政治を続ける安倍政権。

一部の富裕層だけに恩恵がもたらされ、大半の国民には物価高、実質賃金低下による生活苦をもたらした「アベノミクス」という経済政策
官製相場を仕掛け、国民の貴重な年金などの富を海外の金融資本へ差し出す「買弁」ぶり
善隣友好という外交の原則を踏みにじり、嫌中、嫌韓などと近隣諸国を敵視する「偏狭な国家主義」
国内の反対意見を封じるための「秘密保護法」
「集団的自衛権」で「悪の帝国」アメリカの先兵として、国民の命までも「宗主国」へ差し出す「売国」ぶり

これほど悪辣な政権でも、代替する政党が無いのが日本の悲劇である!

投票すべき党がない。
裏切りの党はあるが・・・・
民主、みんな、維新、次世代・・・どれをとっても野党というより隠れ与党だ。
日本人はほんと哀しい立場に立たされている。

その点、スペインの国民は日本よりはまだ救いの目があるようだ。

スペインでは「社会労働党=PSOE」と「国民党=PP」の2大政党が支配的な政治勢力だったが、高失業率、汚職といった問題に対応してこなかったため、若者を中心に「不服従運動」という街頭実力占拠闘争が繰り広げられたことは記憶に新しい。その彼らが前回の欧州議会選挙では「ポデモス=PODEMOS」という政治勢力として登場し、100万票以上の支持を集めて注目された。ポデモスとは「われわれにもできる」という意味。アントニオ・ネグリが思い描いている世界だ。

そのポデモスが最近の世論調査でなんと1位に躍り出たのだ。(11月2日の『EL PAIS』より)

ポデモス

直近の報道では代表(書記長?)に「パブロ・イグレシアス」が選出され、政党の形が出来上がりつつあるようだ。この学者で行動力のある指導者に注目!グラムシの「知的道徳的ヘゲモニー」なんて言葉を思いだした。
パブロ・イグレシアス



最近の村上春樹の発言
村上春樹「日本の問題は責任回避」


昨日の沖縄知事選挙で翁長候補が裏切り男「仲井眞」に10万票の差をつけて勝った。
少しだけほっとした。沖縄の良心だけが日本の救いだ。
おめでとう!



<昼酒隠れ吞み処・梅安亭>

ちらし寿司
ちらし寿司



量が多過ぎ!トンカツ
トンカツ大食い



大トロすぎる!・・・やはり中トロのほうが美味しいね。
これでもか大トロ!



鯖のアボド焼き・・・鯖寿司用に漬け込んだ鯖をそのまま焼いてみた
アボド鯖焼き




豚丼
牛丼




鯖の一夜干し
鯖の一夜干しで口内炎



極上まぐろを入手した
極上まぐろ




茄子とひき肉のパスタ
茄子とひき肉のパスタとサラダ



豚しゃぶ
豚しゃぶ




鱈を安く売っていたので半身だけ買った
鱈を半身買った




さっそく鱈チリ鍋
鱈チリ


鰯の梅干煮、大根の田楽
大根と豚バラの鼈甲煮




イカのトマトソース煮
イカのトマトソース煮




アイリッシュビーフをステーキで
アイリッシュ・ビーフ




すき焼
すき焼



スペインの風物詩

2週間ほど前の写真。マドリーの中心街を埋め尽くす羊たち・・・・冬にそなえて夏の放牧地から越冬する牧舎へ帰る途中
マドリーの中心街を埋め尽くす羊たち