梅安亭日乗

「TOKASUどこか遠い空の下で」を改め「梅安亭日乗」としました。

移住地でのんびり  



もういい加減に出発しないといけない。
このままゆったりしていると、抜け出せなくなる。
というくらいイグアス移住地は快適な息抜きになった。

お世話になっている福岡旅館の目玉メニュー「鍋焼きうどん」
福岡旅館の鍋焼きうどん




国道Ruta7沿いのお店・Fazenda
fazendaで食べた



Fazendaで食べたとんかつ
とんかつ定食




イグアス農協スーパー
イグアス農協




みそ、しょうゆ、だしの素、カレールーなどなんでも売っている
農協のスーパーで売られていた缶詰


このほかに何軒も日本食レストランや食材店がある。




パラグアイの移民事業

パラグアイで移民事業が始まって来年で80年。パラグアイの移民事業はほかの南米諸国に比べると比較的新しい。移民事業が盛んになるのは戦後のこと。



二国間関係 - 移住史
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開拓したイグアスの原野
開拓した原野



開拓当時のイグアス中央公園のあたりの風景
昔の中央公園




現在の中央公園・・・・鳥居が建てられている。
イグアス移住地中央広場の鳥居


この写真の説明文には「入植の第1歩は斧や蛮刀による原始林伐採から始まった。現代では自然破壊の謗り、しかし、当時は生きるための開拓。」と記されている。
移民事業・開拓植民の持つ負の側面をやや苦し紛れに弁解しているように読み取れる。
開拓の言い訳


本職の大工がほとんどいないので、素人の移民たちがこうした家を自分たちで建てた。
開拓当初の家



移住者の家族
移住者の家族





パラグアイの日系移民のもたらした不耕起栽培というエコロジカル農業が大豆生産を飛躍的に伸ばし、パラグアイを今や世界第5位の大豆輸出国に成長させたという。
不耕起栽培のプレート






植民・移民についてあれこれ思ったこと


移住地と鳥居の関係について

イグアス中央公園には立派な鳥居が建っている。
なぜ鳥居があるのだろうか?
考えてみたら、日本の植民地や移住地には鳥居はつきもののようだ。
旧満州でも見たし、サハリンでも石の鳥居があった。ブラジルのサンパウロのリベルダージにも真っ赤な鳥居があった。
日本国民はほんとうに鳥居が精神的支柱なのだろうか?
それとも拓殖事業を推し進めた組織による押しつけなのだろうか?
自分のように京都で育ち八坂神社や平安神宮、伏見稲荷とそこら中に有名な鳥居がある環境で育った人間だが、望郷の念が鳥居に結びつくことはない。
ほかのひとは望郷の念が鳥居と結ばれるのだろうか?
どことなく違和感を感じながら鳥居を見ている。


植民・開拓と自然破壊について

きわめて一般的な話だが、例えば北アメリカやオーストラリア、ニュージーランドへのアングロサクソンの移民・植民の歴史を見ていると彼らがしてきたことは明らかに自然の全破壊である。原生林を根こそぎ絶やしてしまい農業の地へと変えてしまった。
しかも彼らは自然だけではなく、そこに住んでいる原住民すら抹殺してしまっている。北米インディアンやアポリジニ、マオリなどの虐殺。
自然破壊反対運動の主要なリーダーである彼らは自らの出自に無自覚なだけでなく、ほぼ「お笑いの対象」ですらあるのだ。

パレスチナにおけるシオニスト・ユダヤによる植民というのも同じようなものだ。

我が国の場合にも、旧満州国移民の暗い過去がある。

そうし移民・植民のもつ負の側面(自然破壊と原住民排除)をしっかりと肝に銘じておかないといずれ排斥運動に見舞われる。




category: パラグアイ

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アスンシオン(Asuncion)へ  






10時前に宿を出た。
バス停に着くと予想どおり10時のバスが来たのだが、満席で乗せてもらえなかった。
その後、10時半にもう1台やってきた。これには乗れた。
喜んでいるのもつかの間。車内には空席はない。仕方がないので立ったまま。
すると、すぐ後ろで子供が吐き出す。
床が汚物まみれ。乗客は意外と寛大だが、当の子供の親は最悪の母親。汚物をなるべくまき散らさないように配慮するとか、子供に食べ物を控えさすとかしない。もちろん謝りもしない。



立ったまま1時間半が過ぎた。
階段口のスペースにいたオヤジが僕を呼んで隣に座らせてくれた。
座席ではなく床に座っているようなものだが立っているよりはましだ。
この状態で1時間。

右のボックスのようなところに座っているオヤジの背後のスペースに座らせてくれた。
ボックスの上に座っている


次に偶然オヤジの前の席(上の写真で写っている太い腕のおばさんが降りた)が空いたのだが、オヤジは僕に座れと言った。あんたこそどうぞと言ったのだが、いいから座れという。お言葉に甘えて座った。
周りには立っている人が10人ほどいた。
うとうとすること1時間。バスが停まると、僕に席を譲ってくれたオヤジは降りて行った。ありがとう!

立っている乗客
立っている人 バス内



このバスはそれこそ今までで最悪のバスだった。
またまた、先ほどの子供が僕の横の通路を吐きながら通り過ぎて行った。母親は知らぬ顔。汚物のたまりがすぐ横に2か所ほどできた。
それでも周りは寛大。子供だから仕方がないじゃないか、ということなんだろう。
妙に感心した。偏狭な自分に少し嫌悪感。反省!

5時間走ってアスンシオンに到着。ただ、アスンシオンの市内で5か所ほど停車するので市内に入ってからけっこう時間を食った。

バス・ターミナルに着いて、切符売り場に次の予定地カンポ・グランデ(ブラジル)行きの切符を買いに行った。
Cometaバス。180,000Pyg=3,600円。円のレートを計算しやすくと50にしているので実際はもう少し高い。それにしても国際線のチケットにしては安い。今日の5時間乗ったバスも1,200円と安かった。パラグアイの交通費は割安だ。

この時点で少し悩んだ。時間は4時半過ぎ。あと5時間の待機で次のバスに乗れる。
それとも今日は5時間も移動したのだし、疲れているだろうから、移動は明日にしたほが良いのではないか・・・
自分の年を考えに入れておかないと・・・

結論としては明日の移動に決定。

アスンシオンで1泊。
となると昔泊まらなかった「内山田旅館」に行くことにした。
「内山田旅館に行ってくれ」とタクシーの運転手に言うと「スキヤキね」との返事。そうか、日本レストランのスキヤキのほうが有名なんだと納得。

内山田ホテル(旅館から改名)。右が旧館。左が新館。真ん中が日本レストラン「スキヤキ」
内山田旅館とスキヤキ

受付で「新館か本館かどちらにするの?」と聞かれたので、「安いほうでおねがいします」というと、「安いほうは145,000グアラニー」との返事。

現金で支払うと値引きがあり、124,000Pyg=2,500円になるという。
評判の朝飯付きで、この値段ならと納得。

部屋にいって驚いたのは風呂場には日本式のバスタブがあったことだ。
ツインベッドで風呂付、エアコン、冷蔵庫つき、NHKの国際放送が写るテレビと建物は古いがコスパは良い。


こんなバスタブ。
日本式の風呂



一段落して、宿に隣接してい日本レストラン「スキヤキ」に行った。
この店は昔来たことがあるが、以前の店とは違って大きくなっていた。新しくできたのだろう。

焼き魚定食とビールを注文。(写真を撮るのを忘れた)
感想はとくになし。


なんだか、この日のブログはアスンシオン到着以後が、とげとげしかったので後日、訂正した。
別にそれほど怒ってはいないのだが、文章にすると怒り満面っていう感じになっている。
玉が小さいなあ!(器が小さいという意味)


追記
ブログを書いた後に朝食をとりに食堂に行った。
評判通りのすばらしい朝食だった。
写真には写っていないが、デザートもついていた。
自分は気づかずに食事を終えてしまったのだが、このほかに冷ややっことかキムチなども用意されていた。
いわゆる和風バイキングというやつだ。
内山田の朝食

category: パラグアイ

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全く変わっていなかったメルカド4  

高層ビルところどころに建ち、道路もむき出しの赤土ではなくなっている。
アスンシオンの町は変わったといえば変わった。
しかし、庶民の台所のメルカド4は昔のままだ。



メルカドーナ4の前の走るバスは15年前と同じだった。
Mercado4あたりで見たバス1




見たバス2




見たバス3



ぎっしりと立ち並んだ露店も変わらない。
メルカド4の露店1




メルカド4の露店2




メルカド4にある韓国料理店「江南」。ここも昔入ってことがある。よくぞ見つけることができた。ダメもとで露店の兄さんにこの辺に韓国料理店はないですか?なんて聞いたら、すぐそばだった。しかもその店が見覚えのある店だったのだ。おばさんが昔と同じようにぶっきらぼうだった。
メルカド4にある江南




冷麺を注文したのだが、「辛いの?」と聞かれたので簡単に「はい、辛いのでお願いします」なんて言ったのが大間違いのもと。辛すぎで食べるのに一苦労。挙句の果てには宿を出る直前に強烈な下痢になった。
江南で食べた冷麺 辛すぎた



category: パラグアイ

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またまた越境に失敗!  


かくも国境越えに難儀するとは・・・
いったいどうなっているのだろう!

夜の9時半のバスでアスンシオンを出発した。
乗ったバスはセミカマとはいえ、新車のようで最高に心地よかった。
ただし、パラグアイのバスでは食事がでないのは、いつものとおりだった。

Cometaのバス



バスは翌朝の5時にパラグアイ側の国境の町ペドロ・ファン・カバジェーロ(Pedro Juan Caballero)に着いた。
ここで、国境の入管事務所が開くのを待機。

ペドロ・フアン・カバジェーロスのバスターミナル
ペドロ・ファン・カバジェーロスのバス駅




午後の7時過ぎにバスは出発。
入管事務所に向かった。

入管事務所でパラグアイの出国印をもらったのだが、自分ともうひとりのウルグアイの人だけがブラジル入国の印をもらえないという事態になった。
なぜだか、よくわからないのだが、バス会社の係員は「ここでは入国印はもらえないので、ポンタ・ポラ空港に行ってもらってください」と言った。
どうやって空港に行くのかと聞くと、タクシーで行ってくれという。そしてスタンプをもらったら今度はタクシーで元のペドロ・フアン・カバージェーロへ戻り、夕方4時のバスでカンポ・グランデへ向かってくれ、と言い張った。
自分ともうひとりのおばさんは断固拒否して、このバスで空港に行くように言った。(空港まではバスで15分ほど)
結局、バスは空港に行くことになる。


ポンタ・ポラの空港
ポンタの空港


ポンタ・ポラ空港の入管事務所
空港の入管事務所



そして、この空港の入管事務所の係員がなぜか自分のビザが不正であるかのようなことを言ってスタンプをくれない。
上司が来るまでここで待て!と言われた。
しつこく理由を問い返すと、以前のブラジル入国の後、出国の記録がないので、入国スタンプは押せないと主張。

膠着状態となる。

バスは自分を置いて出発してしまった。

ベンチに座り、その上司とやらが来るのを待った。
およそ15分ほどして、突然、係官が自分を呼び、なんだかわからないがスタンプをくれた。
理由は説明なし・・・
最初のスタンプの押印拒否は、まるで嫌がらせのような感じだ。

今頃スタンプをもらってもバスは出発してしまったし、途方に暮れてしまった。

このポンタ・パラの空港にはタクシーが一台も停まっていなかった。

重い荷物をひいて空港を出て、街角で偶然遭った親切なオヤジの助けを借りて、タクシーでなんとか元のパラグアイ側の町ペドロ・ファン・カバージェーロに戻った。

それから午後4時のバスまで待機となった。

入管の職員っていうのは嫌な奴が多い。
無力な立場にいる相手に対して公権力を行使しているうちに、自らの権限が妄想として肥大化し、人格がゆがんでくるのだろう・・・




アスンシオン(Asuncion)~カンポ・グランデ(Campo Grande)へのルート



category: ブラジル

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カンポ・グランデの沖縄そば  


カンポグランデに着いたのが夜の10時半。
バス駅の周りにはホテルらしい建物が見えない。
駅の切符売りのオヤジに聞くと「Paris Hotel」というのが近くにあるそうだが、歩いていくには雨も降っていて面倒jだった。
同じタクシーを乗るなら、セントロへ行くことにした。

ブログに見た「Hostal Campo Grande」が安そうなのでとりあえずタクシーで行ってみた。
すると工事中で閉鎖されていた。
やむなく、すぐ先のあいまい宿風のオスタルで値段を聞くと、40レアル=1,200円だという。
35レアル(1,000円ほど)に値切って泊まることにする。

室内にトイレとシャワー、テレビがついていた。
翌朝気づいたのだが、Wifiまである。自分の部屋はフロントの真横なのでネットはサクサク状態だ。



偶然安宿に泊まれた。




ホテルは旧バスターミナルの真ん前にあるのだが、この辺りはホテルだらけだ。相場は60~70レアル=2,000円前後。
旧バスターミナルの周りはホテルだらけ。相場は60R






カンポグランデで見逃せないのが沖縄そば屋が集まる「Feira Central」だ。
沖縄そば市場





沖縄移住者が1万人以上もいるとことで、この郷土料理は完全に市民権を得ているそうだ。宿のオヤジもそばが大好きだと言っていた。1杯600円ほど。焼きそばも人気だそうだ。
沖縄そば






沖縄そば市場へ繋がっている鉄道軌道跡。
沖縄そば市場への道は鉄道の軌道跡





カンポ・グランデの街並み
カンポグランデの街並み


category: ブラジル

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カンポ・グランデ(Campo Grande)~クイアバ(Cuiaba)  










カンポ・グランデの宿を朝の6時過ぎに出た。
タクシーでバス駅に向かう。
このカンポグランデのバス駅は郊外にあり、不便だ。タクシー代が宿代に匹敵する30レアル。
泊まった宿は昔のバスターミナルの真ん前にあり、以前はおそらく非常に便利だったはずだ。周囲に林立するホテルも迷惑しているのではないだろうか。
別に混雑とかは見られないし、移転の必然性が思い当たらないのが不思議だ。
いずこの国でも、行政当局の勝手な思い付きと、もしかしたら新規バスターミナル建設の利権がこうした不条理な移転を促しているのかもしれない。

バスチケット売り場で7時25分のクイアバ行きのバスチケットを入手。113レアル=3,390円ほど。
(実は150レアルを出したのにおつりが⒑レアルしかもらえなかった。このことを質すと外税だとか何とか言った。あとでキャンセル話の時に、嘘だと発覚。かわいい顔をしたお姉ちゃんだが、恐ろしや!)


9時過ぎまではないのではないかと思っていたが、ラッキーと喜んだ。


ところがだ。

7時25分のバスはやってこなかった。

受付に行き、その旨伝えると、8時に来るという。


8時を過ぎてもバスは来なかった。

再び受付に聞きに行くと、そのうち来るだろう、との返事。


ほかの人に聞くと、今日は来ないのかもしれないという。


8時半を過ぎて、受付に再度聞きに行くと、あいまいな返事しかくれない。


じゃあ、キャンセルをしてくれというと、キャンセルはできないというではないか。

すったもんだの末、英語のわかるお兄さんを連れてきて、通訳してもらった。

その最中に、バスが突然やってきた。

とりあえず、キャンセル話は打ち切り、やってきたバスに乗ることにする。


カンポ・グランデを9時過ぎに出発。


2階建てではなく、普通のバス。したがって座席も狭い。
クイアバ行きのバス





このローカルバスのようなバスは、ありがたいことに朝食時、昼食時、夕食時と3回も30分の休憩があった。
乗客と乗務員はその時間に食事をするという次第だ。
このシステムはとてもいい。トイレもその時にすればいいのだし、食事もちゃんととれる。



ところが、このバスの困ったことは、クーラーの利きすぎでとにかく寒い
万が一を考えてすぐ取り出せるように手荷物で持っていたダウンジャケットを着て、足はパーカーで覆った。
停車した時に知ったのだが、外気温は32度もあった。

毛布持参の乗客がけっこう多かった。
毛布を持参している乗客




夜の10時過ぎにクイアバ(Cuiaba)に着いた。
この町は23年前の1992年に来たことがあるが、ご多聞に漏れず、様変わりが激しく大都会になっていた。


タクシーは前払いのカウンターがあり、そこで値段が告げられる。
これだと料金でもめることはない。

古い「地球の歩き方」に出ていた
「Posada Ecoverde」という宿に行くことにした。

Posada Ecoverde」


1泊が50レアル(1600円)。トイレとシャワーは共用。朝食付き。
部屋は広々としてまたもや3ベッドの部屋をシングルユース。今回の旅ではこのケースが多い。机と衣装かけがあるのが便利だ。

エコベルデの部屋はまたもやトリプルだった



中庭も広くて快適な感じだ。
Ecoverdeの中庭は広い



この子犬は猫と仲良しでくっついてばかりいた。あまりしつこく猫にゆるく噛みついていたら、顔に一発フックをかまされていた。
宿の意に宇。猫と大の仲良しでくっついている。



この宿好きになれそうだ。



category: ブラジル

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パンタナル・エコツアー  



クイアバに来る観光客はだいたいはパンタナルの湿原をめぐるツアーに参加するのが目的だ。
日程は4泊とか5泊で、車移動、ボートでの移動、乗馬での移動などがあり、バンガローで宿泊する。
値段は知らないがかなり高そうだ。

宿のオヤジもエコツアーを主催していて、連日、お客をツアーに送り込んでいる。

自分にも勧めるのだが、乗り気がしない。


クイアバからのパンタナル湿原ツアーは1992年に車とボートで廻ったことがあり、同じ行くなら別の地点にしたい。

ただ年のせいか、最近はアドベンチャーのようなツアーで何日も回るのには興味がない。

カンポ・グランデから3時間ほどの地点に「ボニート」という町がある。
水が澄んだアマゾンを見ることができるところだそうだが、シュノーケリングをやらないと見れない。見たい気持ちはあったのだが、シュノーケリングなどできないので行くのをやめた。

考えてみれば、映画「民族の祭典」などを撮った女性映画監督の「レニ・リーフェンシュタール」なんて、今の自分の年齢でダイビングを始めている。しかもその成果をちゃんと映画化しているのだ。まあ、出来が違うと言ってしまえば、そのとおりで身も蓋もないのだが、同じ年でもそうした進取の気性を持つ続ける姿勢に脱帽してしまう。余談だが、その時点で彼女の愛人はたしか40歳ほど下の青年だった。

孤老でめんどくさがりの自分には想像もできない生命力だ。


てなわけで、何もせずに過ごしている。

こう書いているとどう考えても「どこか遠い空の下で」なんてメルヘンチックなタイトルにも気分が悪くなる。
「老いぼれ迷走記」とか「頑迷固陋老人日記」とか・・・・なんかそういうタイトルにしないといけないような気がする。




宿の猫はなかなかのもので、犬ころをもてあそんでいる。
尻尾をちょろちょろと動かして犬がかまってくるのを待っている。
ただ、軽く噛んでいるうちはいいが、子犬が調子に乗ってしつこく噛むと顔面にフックをお見舞いする。
それでも、しつこく迫ってくると、さっと椅子とか机とかに飛び乗って逃げ切るのである。
猫の尻尾を噛んで遊ぶ犬。



宿は朝食付きということだが、宿ではでてこなくて、宿泊客とオヤジがそろって、すぐ近所のパン屋に行ってたべる。
Ecoverdeの朝食はパン屋で




ジュースに珈琲、焼き立てのパンにチーズとハムが出てくる。パンがやたらおいしい。会計は宿のオヤジがしている。おもしろい方式だ。
ジュースに珈琲、ハムやチーズもついている




宿から歩いて10分ほどのところが町のへそだ。
共和広場とそれに面して教会がある。
クイアバの中心はこの共和広場と教会




気根がすごい!
ガジュマルはアジアの樹だけど、南米にもガジュマルはあるようなことがネットに載っていた。ガジュマルなのかな?何て名前の樹なのかな?熱帯産の樹には違いない。
気根がすごい火炎樹



屋台のような店でイカのCaldoを食した。これウマ過ぎ。こってりスープで、これに麺を入れたらうまいラーメンになるだろうなあ、なんて想像しながら食べていた。300円ほど。
イカのカルド



日曜日は町中の食堂はすべて閉まっている。
参ったなあ、と思いながら歩いていると屋台が開店準備中だった。
焼肉の炭火焼の屋台だった。

オヤジとおふくろ、小さな娘の3人で切り盛りしている屋台。
一家でやっている焼肉屋台



光の加減でよく見えないが、ごはんの上に肉とトマト、豆、玉ねぎが載っていた。10レアル=330円ほど。
肉をたれに漬け込んでいるのだが、これがうまい。
ブラジルで肉を食べるとだいたいはタレに漬け込んであるのを焼いている。
タレのレシピを知りたい!
屋台の焼肉定食10レアル=300円ほど

category: ブラジル

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クイアバ(Cuiaba)~ポルト・ベージョ(Porto Vehlo)  




この大湿原地帯を突き抜けるバスは1400キロを24時間かけて走る。
ポルト・ベージョまで来ると、選択肢がいろいろと増える。
ボリビアに入り、ペルー、エクアドルへと移動するのがひとつのルート。
もう一つはそのままマナウスまで行き、北上してベネズエラに入るというルート。

その後のコースはまずはポルト・ベージョに着いてからだ。

24時間の移動だけど、バスは普通のバスだ。
果たして、耐えることはできるのか?
(11月8日記)



バスは前回利用したバス会社とは別の零細バス会社のに乗った。
受付のおばさんが親切だったのと、正直なひとだったのでその会社のバスにした。
サンパウロから来るので、14時発と言っても、おそらくかなり遅れますよ、とちゃっと教えてくれたのだ。
実際、クイアバにバスが来たのは15時過ぎだった。
バスは空席だらけで、ゆったりとしていて、ぐっすり眠れた。
乗客はまばら。ガラガラの車内


このバス会社はContijoという名前の会社だが、運転手がやたら親切で感激した。
食事休憩の時などは、ちゃんと食堂まで連れて行ってくれるし、トイレの場所もいちいち教えてくれた。
全行程で3人運転手が変わったが、3人ともホント親切だった。
こんな気遣いをしてくれる運転手にあったのは初めてだ。

Contijoという会社

パンタナルの湿原に沈む太陽を狙ったのだが、あいにくカメラがズームのきかないリコーのGRだったので、いいのが撮れなかった。
夕景を狙ったのだが。




朝日もねらったのだが、夕陽との区別がつくのか、と不安
朝日です。夕陽との区別がつきますか?



バスは24時間かけてポルト・ベージョ(Porto Vehlo)に着いた。

ここはアマゾン川の上流の町で、ここからマナウスまでの乗客用の船が出ている。



明日はマナウスに向けて船で移動。3日間かかるそうだ。

category: ブラジル

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アマゾン川(支流のマディラ川)下り   第1日目と翌朝の日の出  


ポルト・ベージョ(Port Vehlo)からマナウス(Manaus)までをアマゾン川最大支流(マディラ川)を貨物船で下る。
地図が見にくいかもしれないが、ウマイタとかマニコレとかいう地点を通過、マナウスからの河(リオ・ネグロ)との合流地点を左折してマナウスに到着。
4泊5日の船旅。3食つきでデッキでハンモックで寝て200レアル=6,000円強だ。個室は500レアル。個室と言っても狭くてあまりお勧めできない。トイレとシャワーとエアコンはついていたが、2人部屋。だれかと同室になるかもしれないので、それならば広々としたデッキのほうが良いと思う。女性もたくさんデッキで寝ていた。ペアーの旅行者なら個室もいいかも・・・




マディラ川の説明は以下の黒の太字部分をクリックしてください。
マディラ川とは


このマディラ川の上流地点ではペルーのマードレ・デ・ディオスやボリビアのルレナ・バケを訪れたことはあるが、ブラジルのポルト・ベージョは今回が初めてだった。

11月の11日から15日までの5日間をかけてポルト・ベージョからマナウスまでのマディラ川を貨物船で移動した。


その1日目と2日目の朝の記録


11月11日(水)Porto Vehlo出発~Manausへ

船の代理店のおばさんの言うとおりに10時に事務所に着くように10時15分まえに宿をタクシーで出発。
事務所に着くと鍵がかかっており、誰もいない。
隣の事務所のひとが荷物を持って船に行けというので、従う。
船に行き荷物を置いて、ハンモックを預けているので、それをとりに再度、事務所に行くが誰も来ていなかった。
諦めて歩きて戻る途中で、おばさんに遭う。
おばさんは鍵を持っていないので、後でハンモックを届けるから心配するなと言って去っていった。

船に戻り、時間を潰す。

昼前におばさんがやってきてやっとハンモックをしつらえてくれた。
そのあとの、おばさんを見ていると、てっきり旅行代理店の人間だと思っていたのだが、どうやら船の持ち主の会社の人間だということがわかった。乗客名簿の登録手続きやもろもろの作業をこなしていた。

船は貨物船に残りのスペースに乗客を乗せているスタイルだ。
今回はバナナを満載していた。
文字どおりバナナボートだ。
バナナボートだった


そうこうするうちに時間は定時の14時を過ぎても出発する気配はない。
こんなことなら慌てて昼飯を食べたことが悔いられる。
結局、17時過ぎにやっと出発。

すると、突然のスコールで風が吹き込み、雨は激しく降った。
それも熱帯らしい現象でほんの1時間ほどで止んだ。
出発直後のスコール


曇り空で夕景は撮れずじまい。

18時過ぎには夕食が出た。
ポトフのようなもの。
11日の夕食はこれだけ

パンもつかずにスープだけとは侘しい。
明日からの食事が案じられる。

消灯は午後の7時。
乗客はみな早々とハンモックに入って休んでいた。




翌日の12日は早朝の5時過ぎに起床。
日の出を撮るために待機した。
日の出、日の入りを撮影することは、仕事の関係で昔からなんどもやっている。
笑えるのだが、習慣でパッと起きることができるのだ。
いまだに仕事の呪縛から逃れえずということか・・・


11月12日の日の出直前
12日の朝日が昇る直前





12日の朝日2





12日の朝日3





12日の朝日4






12日の朝日5




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アマゾン川下り 2日目  

第2日目


11月12日(木)
背中が痛くならないかと心配していたハンモックだが、とても心地よく眠ることができた。
夜中にかるく2,3回目が覚めただけ。
ハンモック風景



朝日はしっかり撮れた。
アマゾンの太陽はデカイ。

朝食はパンとミルクコーヒー。シンプル。ミルクコーヒーがおいしい。

午前中にPorto Vehloから200キロほどの町Huamaitaから乗客が大勢乗ってきた。ポルトベージョから200キロぐらいの地点。

昼はしっかりとごはんとパスタ、肉などがついていた。
いつもテネドール・リブレでおなじみのおかずだ。
ところが驚いたことに、この味付けが最高で、いままで食べたブラジル料理で一番うまかった。
シェフは自分の隣でいつも尻の大きなおねいちゃんと寄り添って寝ている背中に龍の紋々を彫り込んでいるあんちゃん。顔がマンチェスターユナイテッドのルーニーと何となく似ている。
出てくる料理がすべておいしいので彼にオブリガードと言ったらうれしそうだった。お世辞ではなくて最高だ!

12日の昼飯で見直した





船の食事2





午後に下痢。全身の力が抜けていくのが感じられた。
やばい!とビビる。
抗生物質と正露丸を飲む。
夜には回復。助かった。
年を取ると怖いのはなんでもない下痢までがあたかも回復不可能な状態ではないかと不安がることだ。
実際にサハリンから稚内への船上で、ただの船酔いだとみんなが思ってみていたら、数時間後には亡くなったおばあさんを目撃した経験があるので、そんな妄想もまんざらではないと思ってしまうのである。


夜8時にはハンモックに横になる。
背中は痛くなるどころか、むしろ最近痛めていた背中がよくなっているかのようだ。




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