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2018/09/01

2日続けてカサゴの刺身を食べた!

1昨日(水曜日)、いつも行くスーパーの魚売り場に行くと、冷凍ものではない生のCabracho(カサゴ)が売っていた。
これはいわゆる「ノドグロ」というやつのようだ。

カブラッチョの刺身

20180830のど黒の刺身


昨日の朝、アラを煮物にした

20180831のど黒のアラ煮


そして昨日、同じ魚売り場で、また、生のカブラッチョが置いてあった。

20180831生のカブラッチョがまだ売っていた


またもや買ってしまった。
これで300円ほどだった。

20180831これで300円ほどだった



再び刺身に挑戦!

20180831昨日買ったカブラッチョの刺身


隣人を呼んで宴会とあいなった。
真ん中はマグロの刺身、右端はアラ煮。

20180831隣人を呼んで宴会





2018/09/02

シラス干しを作った!

カタクチ鰯の稚魚を買ってきた。

20180901カタクチ鰯の稚魚を買った



塩を入れたお湯で4分ほど茹でた。

20180901カタクチ鰯の稚魚を茹でた



それを2時間ほど干して、完成!

20180901茹でたカタクチ鰯の稚魚を干した



さっそく「パドロンとじゃこの炒め煮」を作った。

20180901パドロンとの炒め煮




友人がサンマの写真を送ってきた。
美味しそう!
「秋刀魚苦いか、しょっぱいか・・・」

初サンマ上野大兄










読み終えた本 川成 洋著「青春のスペイン戦争〜ケンブリッジ大学の義勇兵たち〜」

青春のスペイン戦争〜ケンブリッジ大学の義勇兵たち〜




<スペイン市民戦争とは>

スペイン市民戦争は1936年7月17日から1939年4月1日にかけて、共和国政府軍とフランコ・クーデター軍との間で繰り広げられた戦争。

ドイツのヒットラーとイタリアのムッソリーニの両ファシスト政権は、フランコ・クーデター軍を軍事的に支援する。
一方、英国とフランスは、合法的に選出されたスペイン共和国への支援を拒否し、共和国政府が正規で武器購入することをも結果的に妨害するという「不干渉主義」政策をとった。(イギリス挙国内閣には労働党も参加していた。フランスの場合は、なんと人民戦線内閣である。この本来はスペイン共和国を擁護すべき英仏の政権の裏切りが共和国派には信じられないほどの痛手となった。)
その不干渉主義を推し進めた当時の英国のボルドウィン挙国内閣の主流意見は下記のように冷酷なものであった。
「ファシストとボリシェビキが相互に殺し合うような戦争をすることを希望する」


国際的にスペイン共和国を支援していたのは、ソビエトとメキシコぐらいであった。

そのため、戦局は、圧倒的な軍事力を背景にしたフランコ反乱軍の優勢のうちに展開していたのである。

そうしたスペイン共和国の苦境を知り、55カ国から4万人にのぼる人々が、共和国政府の擁護のために、義勇兵としてスペインの地に足を運んだ。(スペインの共和国派にシンパシーを抱いて、スペインに潜入した著名人はたくさんいる。ジョージ・オーウェル、ヘミングウエイ、アンドレ・マルロー、サン=テグジュペリ、アーサー・ケストラー、ドス・パソス、シモーヌ・ベェイユ、ロバートキャパなど、あげたらキリがないほどの人たちがかけつけている)

イギリスからも義勇軍、医療班としてスペインの戦場に渡る若者たちがいた。
その数は2000人ぐらいだったという。

この本では、ケンブリッジ大学からスペイン市民戦争に参加した6人の若者の足跡を追っている。


(そのうちの最後の人は、フランコ側について戦った人間である。
国際義勇軍という観点からは、この人は別にいらなかったのでは、ないか・・・)

なぜ、著者がケンブリッジ大学を選んだのかはわからないままだった。
あえて、推測するに、オックスフォード大学の学生でも良かったのだが、著者がケンブリッジ大学に留学していた関係上、市民戦争参加者やその資料に接触できたのが、その第一の理由なのだろう。
もう一つの理由は、イギリス国内で、右翼との乱闘騒ぎがあった時に、オックスフォードの学生はさっと身を隠すのだが、ケンブリッジの学生は、正面から右翼と渡り合っていたというエピソードを紹介していることから察するに、ケンブリッジ大学の学生の方が、オックスフォードの学生よりもいい意味で「直情径行的」なことも、その理由の一つだったのかもしれない。

そうはいっても、ケンブリッジ大学という、良家の子弟が通ったエリート校出身者たちが、やむにやまれぬ悲憤から、自らの信念に身命を賭した貴重な記録であることには違いない。

いつものように話がそれるが・・・・
こうした良家出身のエリートとは無縁の日本人義勇軍兵・ジャンク白井のことにそっと触れられている。
本書で2番目に登場するジュリアン・ベルが戦死したのと同じブルネテ村近郊のビジャ・ヌエバ・デ・ラ・カニャアーダ村で、そのジャック白井も戦死している。(昔、石垣綾子さんの『スペインで戦った日本人』 を読んだことがある)
この本の著者の川成洋さんも「スペイン戦争〜ジャック白井と国際旅団」という本を出されているようだ。
こんど、読んでみよう。


僕には、最近の国際情勢をみていると、今が、あの「戦間期」と呼ばれた第一次と第二次世界大戦の間の動きとよく似てきたような気がしてならないのである。





2018/09/05

一般の下級兵士を消耗品とみなす「旧日本帝国軍の幹部たち」


(インタビュー)特攻生んだ日本社会は 作家・演出家、鴻上尚史さん
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9回出撃して、9回生きて帰った特攻隊員の「その後の人生」
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上の記事を読んで、この本をアマゾンで買った。



鴻上尚史著. 不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)


不死身の特攻兵







日本軍の真実

12月8日は日米開戦があった日。沖縄をはじめ全国に米軍の基地や施設があり、不平等な日米地位協定や航空管制など、“戦後"はまだ続いている。76年前に無謀な戦争をしなければ、そして、その前に愚劣な中国侵略を始めていなければ、こんなことにはならなかっただろうに。

戦争の始め方もばかげていたが、終わり方も悲惨だった。面目にこだわった軍部は負けを受け入れようとせず、一般国民はひどい目にあった。

日本軍の戦術でもっとも愚劣なものが特攻だろう。飛行機だけでなく操縦者の生命も失われる。日本軍が人命を軽視したことを象徴している。

だが、出撃しても生きて帰ってきた特攻兵がいた。それも9回も。昨年の2月、92歳で亡くなった佐々木友次氏がその人である。鴻上尚史の『不死身の特攻兵』は、佐々木氏や特攻について調べたこと、佐々木氏へのインタビュー、そして、それらからこの劇作家が考えたことの三つの要素からなる。

なるほどと思ったのは、特攻は兵士の誇りを傷つける作戦だったという話。体当たりせよという命令は、それまで訓練してきた急降下爆撃などの技術を否定するものだ。だから佐々木氏らは、命令に逆らって米軍の戦艦に爆弾を投下して帰還した。

だが、軍は生還した兵士をねぎらうどころか冷遇する。早く再出撃して、こんどこそ死ねと迫る。体当たりして戦果を上げたと、天皇にも報告してしまったのだから、というのが軍幹部のいいぶんだ。しかも命令した上官は、米軍が迫ると台湾に逃げ出す始末。これが戦争の現実、日本軍の真実だ。

評者:永江朗 (週刊朝日 掲載)  





自発的に志願したというのは嘘。じつはほぼ強制だった。

「特攻隊」のことを書いた本で「神風特別攻撃隊」という戦後、ベストセラーになった本がある。大西瀧治郎中将の部下であり、特攻を命じた中島正飛行長、猪口力平参謀が書いたものである。
そのなかで、海軍第一回の特攻隊長に指名された関大尉が、話をきいたその場で「ぜひ、私にやらせてください」と快諾したかのように描かれているが、それはじつは嘘で、「一晩考えさせてください」といったことが、当時の副官だった玉井大佐の証言や、当の猪口参謀が大西中将の副官だった門司親徳に、戦後話していることで明らかになっている。
どちらにしても、その場でなんの躊躇もなく「快諾した」なんていうことではなかったのである。
ここで重要なことは、自分の上官からぜひ「いってくれ」と頼まれれば断れきれないのが軍隊である。いわば「絶対命令」なのである。
一般の特攻隊員に対しても、同じように「志願」の形をとったと記されているが、実態はそんなものではなかったという、特攻生き残りの隊員の証言がある。

このように「神風特別攻撃隊」という本は、徹底して特攻を「命令した側」の視点に立って描いた本だと著者は指摘している。
特攻の志願者は後をたたず、全員が出撃を熱望するように描かれている。
「このように、特攻隊員の全員が志願なら、自分たち上官の責任は免除されます。上官が止めても、「私を」「私を」と志願が殺到したのなら、上官には「特攻の責任」は生まれません。が、命令ならば、戦後、おめおめと生き延びていたことを責められます。多くの上官たちは、「私もあとに続く」とか「最後の一機で私も特攻する」と演説していたのです。大西滝治郎中将のように、戦後自刃しなかった司令官たちは、ほとんどが「すべての特攻は志願だった」と証言します。私の意志と責任とはなんの関係もないのだと。」

かくして、猪口と中島は、それぞれ昭和の終わりと平成まで生き、80歳と86歳でなくなっている・・・そうだ。

旧日本帝国軍幹部たちの、一般兵士の人命の軽視、信じられない精神主義を、ノモンハン事件、インパール作戦などで知らされたのだが、その遂行責任者が責任を取らないで、平然としていることに毎回驚かされる。
今回も、そうしたため息をつきながら読み終えたのである。
















2018/09/08

雨が降って、気温がぐうーんと下がる・・・

昼間は、まだ30度以上もあるのですが、朝は13度とかになっています。
今朝は曇り空でしたが、夕方に雨が降りました。

お昼頃の空
20180908買い物帰りに見た空


夕方、雨が降って、道路に水があふれていました

20180908夕方、雨になり、道路に水があふれていました







梅安亭・お昼はかき揚げで1杯


かき揚げは玉ねぎと人参とイタリアン・パセリで作りました。

20180908かき揚げ



ほかは「マグロの刺身」と「パドロン=唐辛子とジャコの炒め煮」

20180908他は、マグロの刺身とパドロンとジャコの炒め煮






スペイン・リーグは今週はおやすみです

今週は、ネーションズリーグとかで、リーガ・エスパニョーラはおやすみです。
ネーションズリーグとやらは、ヨーロッパの55カ国の組み合わせで、今回が第一回の大会だそうです。
スペインは、イングランドと対戦します。そのあと、クロアチア戦です。
ワールドカップが終わったところなのに、UEFAは、次々と、金儲け企画で忙しいですね。


2018/09/09

地震の影響で電力供給が止まっているので、「泊原発を動かしたらいい!」はとんでもない意見だ!

北海道震度6強 泊原発の外部電源喪失 非常用で電力供給
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震度2で電源喪失寸前だった北海道・泊原発「経産省と北電の災害対策はお粗末」地震学者
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北海道胆振東部地震のブラックアウトとハッタリの数々
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上から順に記事を読んでいったら、ホント、恐ろしい事態だったことがわかる。

たまたま、泊原発が停止中だったので、使用済みの核燃料の冷却だけで済んだので、

あれが、稼働中だったら、3機の原発の冷却をしなくてはならなくて、フクシマの再現だった

かもしれない。

「原子力ムラ」のいいなりでは、いずれ、同じことが起こるのは必定だ。

しかし、地震大国の日本で、わざわざ危険な原発を稼働させようって、

おかしいと思わないのかな。

過去の惨事を教訓化できない国民なんだろうか・・・





2018/09/11

二日ぶりに快晴

朝9時。

家の前の広場(パセオ・デ・ロス・トュリステス)

201809102日ぶりの日差しの中のパセオ・デ・ロス・ツリステス


ベラの塔

20180910朝日を浴びるベラの塔


サマータイムのせいで、今の季節だと、午前9時でもこんな感じです。午前8時なんか真っ暗です。
先週は天気が悪かったのですが、今日は久々の快晴です。







梅安亭オススメは小型の鱈(Bacaradillo)の蒲焼き丼!


鱈の幼魚なのか、それとも別の種類の鱈なのかよくわからないのだが、「バカラディージョ」という小型の鱈が売られています。値段もキロが6ユーロ(900円ほど)と手頃です。
以前は、これを干物にしたことがありますが、昨日は、近所の友人の話を聞いて「バター・ソテー」にしてみました。

20180909バカラディージョのバターソテー


これが、なかなかいけるので、今日は「蒲焼き丼」を作ってみました。

20180910バカラディージョの蒲焼き丼

これが最高でした。
「鰯の蒲焼き」と違って癖がないのがいいです。







家の小さなトラブルが一挙に解決した!

家の細々したトラブルで、けっこうストレスが溜まるものですが、今日は「マルチ・タレント」のアラゴネスさんに一挙に解決してもらいました。


便所の水が止まらない!ということを近所の友人に愚痴ったら、以前来てくれた大工さん(アラゴネスさん)に連絡してくれました。
この方は、本職は大工さんですが、なんでもできる方なんです。
この前、屋根裏部屋の外に物干しを作ってもらった時にも、便所をなおしてもらいました。
そういうこともあり、見てもらうと、部品交換で、あっさりと修理してもらえました。

次に、入り口のドアが不調だったのですが、それもなおしてもらいました。
これなんか、以前、錠前屋にきてもらったら、全部取り替えないとダメだと言われたのですが、アラゴネスさんは、おそらく最悪でも部品を一部替えるだけで大丈夫だよ、と言ってくれました。
ドアをバラして、いろいろ触っていると、ネジの緩みだけだとわかりました。
そこを閉めると直ってしまいました。
すごい!錠前屋は400ユーロほどするなんて言っていたのですが・・・

そのあと、棚の取り付けと郵便受けの鍵の取り付けなどもしてもらいました。
以前から、気になっていたことが、一挙に解決して、ホント嬉しくなりました。

アラゴネスさん、Sさん、ありがとうございました。
感謝・感激です。


2018/09/11

生のカブラッチョ(のど黒)が手に入ったので刺身で1杯!

いつものスーパー(Alcampo)に行ったら、生のカブラッチョ(Gabracho)が売っていました。
早速、購入。
これで3ユーロ(400円ほど)。
口を開けてみると、喉が黒い。ネットの写真を見ても同じ。「のど黒」ですよね。

20180911生のカブラッチョ(のど黒)



冷凍ものは目が白く濁っているが、生はこんなに黒々としています。

20180911冷凍ものは目が白く濁っているが、生のものは濁っていない。




「のど黒」の刺身で、昼酒
贅沢やなあ・・・

20180911のど黒の刺身で昼酒



夜、刺身の台に使っていたアラを炊きました。

2018911カブラッチョのあら煮


どやっ!400円の魚で、やりくり上手やろ・・・と、ジジイがワレボメ。


ところで、昨日のブログで紹介していたバカラディージョ(Bacaradillo)ですが、こんな魚です。
小型の鱈なのか鱈の幼魚なのかは不明なので、辞書で調べると、(小型の)鱈の一種と記されています。
ということは、幼魚ではないのですね。

20180911バカラニージョとはこんな魚




2018/09/13

秋の雲

コーヒーを飲みに立ち寄ったカテドラルのすぐそばのカフェ。

20180913カテドラルのすぐそばのカフェ


プラサ・ヌエバからみたアルハンブラ宮殿

20180913プラサヌエバからみたアルハンブラ宮殿




梅安亭・本日のオススメは「パドロン(ガリシア特産の唐辛子)と椎茸の焼きびたし」



パドロンと椎茸の焼きびたし

20180913パドロンと椎茸の焼きびたし


千枚漬け
昨夜、かぶらを甘酢に漬け込んだ。

20180913千枚漬けもどき


本日の昼酒メニュー
他は、「マグロのづけ」「イカと大根の煮物」「オクラのおひたし」

20180913本日の昼酒メニュー







読み終えた本 高木俊朗著「陸軍特別攻撃隊(1)」

陸軍特別攻撃隊(1)

内容紹介
特攻作戦の全貌を綿密な取材と膨大な資料を駆使して明らかにした入魂の大作。
ベストセラー『不死身の特攻兵』の鴻上尚史氏もリスペクトする戦史小説の金字塔!
菊池寛賞受賞。

レイテ決戦に執着する大本営が縋った特攻作戦。
9回出撃しても生還した“不死身の特攻隊員”佐々木友次伍長。
特攻隊を置き去りにして敵前逃亡した冨永軍司令官。

特攻隊は“志願”と一般に思われているが、これは全くの間違いで、本人の意思を無視した強制であった。
「体当り機」は機首に“死の触覚”の起爆剤がついており、爆弾は機体に固着させ、投下装置がなく、体当りをせざるをえないように造られていた。
この非人道的な“棺桶飛行機”の体当り効果のウソをあばく。



ついこの間、鴻上尚史の「不死身の特攻兵」を読んだので、もう少し、「特攻」について知りたいと思って読んだ。
この本には、先の「不死身の特攻兵」の元ネタが全て書き尽くされていた。
この著者の本は以前、「インパール」を読んだことがあるが、素晴らしい資料収集力と構成力を持った戦史作家だと思っていたが、今回もその筆力に惹かれてぐいぐい読みすすんだ。


若い特攻隊員とその妻の心の揺れを描いたシーンで、なんども立ち止まった。
佐々木友次伍長の属した「万朶隊」の隊長の岩本益臣大尉とその妻和子、「富嶽隊」の梨子田曹長とその妻うた子。
二組の新婚夫婦の日記を紹介している。

一方、呆れながら読んだのは、富永恭次という東條のお気に入りの高級軍人だった。
陸軍次官まで務めた富永恭次は、フィリピン戦線の第4軍司令官に任命され、陸軍初の航空特別攻撃隊の出撃命令を出す。
この宴会好きの男は、万朶隊の岩本大尉らを激励するためと称して、呼び寄せたのだが、その結果が、富永の呼び出しに応じて飛行中を米軍に襲撃され、万朶隊所属の将校が全員墜落死する羽目になったのである。
特攻隊の出撃では、毎回、「君たちのあと、最後は自分が行く」と訓示で言っていたのである。
ところが、戦況が不利になると、部隊を捨てて、自分だけが飛行機で台湾へ逃れている。
もちろん、戦後もぬけぬけと生き延びている。

同じように、インパールで、無謀な作戦のため、多くの将兵を餓死させた牟田口 廉也も戦後も長く生きながらえている。
戦争遂行内閣の主要閣僚だった安倍の祖父の岸信介も、鬼畜米英だったはずの米と取引して出獄、戦後も生き延び、首相まで務めた。

つまり、先の大戦の重要な責任者(昭和天皇も含めて)は極少数の戦犯処刑者を除いて、その責任を問われることなく、ぬけぬけと戦後を生き延びたのである。

この点に日本という国の持つ、曖昧さ・無責任さの全ての原因があるように思えてならないのである。






2018/09/14

今日は嬉しくもない「誕生日」

誕生日記念にとサボテンを買いました。

20180914サボテンを買った



ひとり宴と決め込みました。


焼き椎茸とほうれん草のポン酢あえ

20180914焼き椎茸とほうれん草のポン酢あえ



ちらし寿司
1合半ほどの量ですが、完食!

20180914ちらし寿司


ひとり宴の献立
ほかは、マグロのづけ、イカと大根の煮物、蕪の千枚漬け

20180914ひとり宴・74歳の誕生日