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2018/10/01

沖縄の民意は明らかになった。次はヤマトゥ(本土)の民意がアベを追い込む番だ!


芥川賞作家の目取真俊さんはいう!

沖縄の民意を踏みにじろうとする安倍政権に、ヤマトゥの人々はどう対峙するのか。
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読み終えた本 高木俊朗著「陸軍特別攻撃隊 3」


陸軍特別攻撃隊3



内容紹介
特攻作戦の全貌を綿密な取材と膨大な資料を駆使して明らかにした入魂の大作。
ベストセラー『不死身の特攻兵』の鴻上尚史氏もリスペクトする戦史小説の金字塔!
菊池寛賞受賞。

レイテ決戦に執着する大本営が縋った特攻作戦。
9回出撃しても生還した“不死身の特攻隊員”佐々木友次伍長。
特攻隊を置き去りにして敵前逃亡した冨永軍司令官。

冨永軍司令官は特攻隊の出撃のたびに、自分も最後の一機で突入すると激励した。
昭和20年1月9日、アメリカ軍がリンガエンに来襲するや、冨永軍司令官は特攻隊と諸部隊を置き去りにして逃走した。
さらに悪辣な計画をたて、最後の一機で台湾に逃げ去ったのだ。この史上最悪の敵前逃亡の真相をえぐる。



(1)(2)巻を読み終えて、最後の(3)にたどり着いた。
レイテ島を攻略した米軍が、ルソン島へ上陸。日本軍は北部の山岳地帯へと撤退を余儀なくされる。
この退却過程では、レイテ島でみられたように、戦力不足と食糧不足の日本軍は、フィリピン人ゲリラに襲われ、飢えと病気に倒れる将兵がバタバタと死んでいった。

そのようななかで起こったのが、第4航空軍司令官「富永恭次」の敵前逃亡=台湾脱出劇だった。
富永に続いて、隈部正美参謀長やその他の高級軍人たちも配下の兵士を見捨てて、次々と台湾へ逃亡したのである。

残された第4航空軍の特攻隊員たち、本書の主人公でもある、佐々木伍長や津田少尉たちは、命からがら北部の基地へと脱出する。

そして、終戦。

本書では、そうした状況を描くなかで、帝国軍隊の持つ恐るべき欺瞞性と高級軍人の無責任体質が明らかにされる。

つまり、帝国軍隊においては、いかにそうあるべきかの「建前」と、実際に起こっている「現実」がまったく背反したものであったのである。

そして現実の大敗北は、嘘の大本営発表で糊塗された。

この巨大な暗渠を埋めるべくして祭り上げられてのが、「特攻隊員=軍神・英霊」であった。
英霊・軍神へのヒステリックなまでの国民の賞賛と尊崇の念を、軍部は現実を覆い隠す手段として利用したのである。

したがって、軍部にとっては、佐々木伍長や津田少尉のように生還した特攻隊員は、英霊の概念を汚すものであり、消すべき存在としてあった。
恐ろしいことに、実際、二人を暗殺すべきだという意見が囁かれていたのである。


この「建前」が優先され、「現実」を直視しないという姿勢の結果、当然のこととして、戦争の「責任」は追及されることがなかったのである。(一億総懺悔という責任回避)

嘘と無責任。

この日本軍・戦前の日本社会の基本的な体質は、戦後も、なにひとつ変わることなく隠蔽され、息を潜めて持ち越されたのである。

そして、今の安倍の「大嘘と無責任」体質は、まさに「旧日本帝国」の薄汚れた遺伝子が再度、花開いたといえるのだ。

この本は、そういう意味で、今ある日本を知る上で、とっても貴重な作品だといえる。







梅安亭・二日続けて揚げ物とは・・・


今日、10月1日の昼はバカラディージョ(小型の鱈)のフライ・タルタルソースかけ

20181001婆Kらディージョのフライ



昨日の昼は、ヒレカツだった

20180930昨日はヒレカツ

ジジイのくせに、よく脂っこいものを続けて食べられるね、と我ながら感心!(笑)




2018/10/03

お買い得の魚・カブラッチョ(カサゴ)!

「カサゴ」または「ガシラ」
これは冷凍ものでなく、生のカサゴ。
1キロが1000円で、これで四百円ほどだった。

20181003カブラッチョを買ってきた




「刺身」
刺身か煮つけかで迷ったが、刺身にした。
ところが一人で食するには、量が多すぎるので、近所の友人を呼んだ。(迷惑だろうね)

20181003刺身にした




「ノドグロ」?
この間、これが「ノドグロ」かどうか、判断しかねている。
ノドはしっかりと黒い!

20181003喉が黒い=のど黒




食べ終えた残りのアラ

20181003アラ



アラ煮

20181003アラ煮

400円にしては値打ちありすぎ!







街角でのささやかな抗議行動がしつこく繰り広げられている!



「マチスモ」による暴力(アホな男性優位主義者による女性への暴力)に対する抗議(裁判所前)

20181003家庭内暴力・男性の暴力に対する抗議




年金増額要求行動
こんな年金では食えないぞ!という主張。

20180924年金増額要求デモ




銀行による強制立ち退きに抗議行動
家を買うために住宅ローンを組んだのだが、事情があって不払いになってしまい、銀行によって強制的に立ち退かされた人々を支援するデモ。

20180927強制立ち退きに対する抗議


こうした日常的な抗議行動・直接行動はしょっちゅう見かける。
これが、スペインの民主主義の底力になっているのだと思う。
もともと、「ポデモス」という政党だって、マドリーの中心にあるソル広場での占拠闘争から生まれたものだった。
それが、野党の中心勢力にまでのし上がったのである。
直接行動に裏打ちされた野党の存在!
選挙戦=投票だけを重視しているようでは、永久に勝てない、という教訓である。(デニー玉城さんが勝ったのだって、辺野古の粘り強い闘争があるからこその結果である。立憲民主党の指導者なんてのは、その辺がまったく理解できていない。)





2018/10/04

U画伯の展覧会

昨日から始まった展覧会に行ってきた。
会場はプラサ・ヌエバのツーリスト・オフィスのすぐの近くの建物の1階。


20181004うえださんの展覧会1




20181004うえださんの展覧会2




20181004うえださんの展覧会3




20181004うえださんの展覧会4



20181004うえださんの展覧会5



もっとたくさんの写真を撮りたかったのだが、額に入っている作品は、ガラスの関係でほかのものが映り込み使えなかった。(一番最初のように引いた位置からだとなんとか使えたが、寄るとダメだった。残念)

それにしても、淡いパステルカラーの世界の美しさにしばし陶然。
特に細密画のような細かい描写には、唸ってしまった。


2018/10/05

待望の長ナスを手に入れた!

いつも行く「中華食材店」で例の長ナスが置いてあった。
最近、お目にかからなかったので、歓喜して6本も買ってしまった。
これ、柔らかくて、やたら美味しい・・・

20181005中華食材店で例の長ナスを6本買ってきた



4本は「浅漬け」にした。
明日には食べられる!

201810054本は浅漬けにした



残りの1本で「ナスの揚げ煮」を作った。

20181005揚げ煮を作った1



20181005ナスの揚げ煮




もう1本は明日、豚肉とピーマンと人参とで味噌炒めを作るつもり!






本日の昼メニューは「鯵の焼きびたし」


「鯵の焼きびたし」のほかは、残り物の「ノドグロのあら煮」「冷奴」「白菜の漬物」「モロッコインゲンとツナ缶の煮物」

20181005今日のお昼は鯵の焼きびたし



〆は「猫まんま」
白飯に「ノドグロのアラ煮」の汁をかけた!お下品な「猫まんま」です。ところが、これが、うまい!
立ち食いそばのむこうをはって、立ち食い「猫まんま」食堂とかできないのかな。(笑)

20181005シメは「あら煮の汁」をご飯にかけた。ネコマンマ



2018/10/06

アラベスがレアル・マドリーに勝利。なんと87年ぶりなんだって!

サッカー観戦メニューを作るために市場に行った。

マグロを一切れだけ買ってきた。1000円ほど。

20181006マグロを一切れ買ってきた



上の画像の左半分(3分の1)が中とろだった。

201810063分の1だけ刺身にした


サッカー観戦メニュー
マグロの刺身のほかは、ナスの浅漬け、ナスの揚げ煮。

20181006サッカー観戦メニュー

今日は本当なら柴崎のヘタフェを楽しみにしていたのだが、ベンチ外だった。がっくり。





ヘタフェの柴崎は見限られたのだろうか


日本代表招集のヘタフェ柴崎、レバンテ戦で2試合連続ベンチ外 戦術的判断で出番なし
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しかし、ヘタフェは今日も対レバント戦を落とし、順位を下げた。ここ4試合で0勝2敗3引き分けである。こうなると、ヘタフェがもう少し負けがこむと柴崎の復帰もありうる。
ところが、日本代表メンバーなんかに選ばれたので、出場機会は限られる。
それこそ、かつての清武のように、全く出番なしになる恐れがあるのが心配だ。




やった!アラベスがレアルを粉砕!

延長5分のギリギリでアラベスが得点。
レアルを打ち負かした。
最高!


アラベスのタコ入道のような監督すごいね!

アベラルド・フェルナンデス・アントゥーニャ


アラベスの監督


アラベスには、グラナダにいたワカソという選手がいるので、応援している。
スター選手はいないが、頑張っている。
バスク贔屓のジジイは2重の意味でうれしい。


追記
87年ぶりの勝利なんだって!

87年ぶりにRマドリード撃破のアラベス、監督アベラルド「夢見ていたような勝利」
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2018/10/08

「全員アナクロ極右ゴミだめ内閣」・・・唯我独尊!国際的に孤立化し、衰亡するヌッポン

「杉田水脈さんは国家の財産ですよ」ほか、“全員野球”安倍内閣の“あの珍言”をもう一度 教育勅語を“推す”発言も続々
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教育勅語礼賛!天賦人権説の否定!従軍慰安婦は売春婦!南京虐殺否定!
こんな妄言・迷言を吐き散らす連中が閣僚だなんて、文字どおり「全員アナクロ極右ゴミダメ内閣」ではないか。

いちいち、コメントする気も起こらないが、全員に共通しているのは、アナクロ=戦前と先の大戦の肯定論者であるという点だ。しかも、彼らは不思議なことに、かつて鬼畜と罵っていたアメリカのパシリになって、極東アジアの不安定化を策動しているのである。(一貫しているのは、あえて言えば、明治維新後の「脱亜入欧病」「名誉白人願望」「アジア人蔑視」の思想)

旧日本軍が引き起こした先の大戦で、アジアではじつに2000万人以上の人々が犠牲になったと言われている。

そのような数値は疑わしいという疑問を呈し、結果、数値が曖昧だから、そういう事実はなかったと否定する「歴史修正主義者」たちが、大手を振っているかのような日本だが、果たして、そうした主張が戦争被害を受けたアジアで通用すると思っているのだろうか?


歴史修正主義者のすり替え論法は、「でんでん」の得意とする「ご飯話法」と同根であり、また、「でんでん」のお気に入りのキャッチフレーズである「美しい国・日本」なんて「ワレボメ」は、その発言の背後(「せご」ではなく「はいご」)に近隣諸国蔑視の感情が潜んでいるのである。



戦争加害者国民である我々は、なんどもしつこく反省・謝罪しなければいけないのだ!
それは自虐でもなんでもないのである。


戦後70年 「聖戦」アジアの犠牲2000万人超、益川さん「一般の国民も加害者にさせられた」
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本日のお昼は「小イカのトマトソース煮パスタ」


20181008小イカのトマトソース煮パスタ

冷蔵庫で傷みそうになっていた「赤ピーマン」を使った。
唐辛子は超ピリ辛の「カイエンペッパー」。
仕上げに「醤油」をちょっと入れたのと「粉チーズ」を加えた。
「粉チーズ」はトマトソースをこってりさせる効果がある。



2018/10/09

ウー・ウエンさんの「えびマヨ炒め」がうまい!

我が「男厨」同志に以前教えてもらったウー・ウエンさんのレシピに「えびマヨ炒め」というのがあるのを知って作ってみた。


レシピ
えびは背わたを除いて熱湯でさっとゆでて湯をきる。ボウルに入れて、片栗粉小さじ1を加えてまぶす。
えびはさっとゆでることで臭みが取れる。そして片栗粉をまぶすことでうまみをコーティングして、調味料をからめやすくする。
フライパンに油大さじ1/2を熱し、えびを入れて炒める。油がまわったら、こしょう少々、塩小さじ1/4、酒、マヨネーズ各大さじ1の順に加えて炒め合わせる。



20181009海老マヨ炒め

プリプリ感がいい!
これは病みつきになりそうなタパだ。






読み終えた本 ジョージ・オーウェル著「カタロニア讃歌」


カタロニア讃歌 高畠文夫訳


内容紹介
1936年、スペインに成立した左翼系共和政府に対して、右翼勢力はフランコを指導者に反乱を企てた。独・伊のファシズム勢力はこの反乱をバックアップしたが、英・仏は不干渉政策をとった。これがスペイン内乱である。共和政府を支持したのはソ連と、各国から自発的に参加した義勇軍であった。当初記事を書くためスペインを訪れたオーウェルはこの義勇軍に一員として加わり、実際の戦場へ。彼がそこで見たものは……20世紀を代表するルポルタージュの記念碑的作品!




「カタロニア讃歌」は、たしか橋口稔訳で読んだのが最初だった。今から何十年も前のこと。
今、書棚には岩波文庫版の都築忠七訳を持っている。これを読んだのは何年か前のことだ。
読み返してみようとして取り出したのだが、字が小さくて読めなかった。
仕方なく、高畠文夫訳のKindle版を購入した。

若くしてこの本を読んだ時、いつの日か、絶対にスペインに行ってやるぞ、と思ったものである。
1980年の初頭、36歳の頃、初めてスペインに渡った時に、いちばん最初に訪れたのは、バルセロナの街だった。
ランブラス通りの有名な市場のすぐ近くに小部屋を借りて数ヶ月間住んだのだった。
連日、この本に出てくる場所を探し回ったものである。
1937年の5月の共産党の息のかかった治安警察による POUM(オーウェルが参加した義勇軍が属していた統一マルキスト労働党)やアナーキスト系の労働者に対する襲撃のシーンに出てくる「ファルコン・ホテル」とか「電話交換局」の建物に残る銃弾の跡を見つけては、ここか、ここがそうか、とえらく興奮したことを覚えている。

この本は、いわば、そういう意味では我がスペイン滞在の原点を提供してくれた本である。

スペイン市民戦争というと、一般的には「フランコ=ファシスト対共和国派=民主主義派」の戦い、「ファシスト対人民戦線派」の戦いという図式で語られているようだが、そんなものではなかったということが、この本を読むとわかる。
共和国派の主力だった労働者・農民の目指したものは徹底的した大土地所有制の解体、工場の労働者管理といった「革命」であり、それを阻止しようとした立ち上がったのが大地主・教会などの旧体制の利益代弁者である「フランコ」だった。
フランコ反乱軍対共和国派の戦いのなかで、共和国派は深刻な武器不足に悩まされる。英仏などの「不干渉主義」政策のもと、武器援助は、ソ連とメキシコからのものしかなかったからだ。

そのソ連の武器援助とコミンテルン主導の国際義勇軍の参戦により、共産党の影響力が大きくなった。

そうしたなか、1937年の5月事件が起こる。共産党の影響下にある治安警察が、アナーキストやPOUMが占拠する建物を襲撃したのである。

クーデター的に共産党が共和国政府を掌握する。

最初はPOUMが非合法になり、続いてアナーキスト系組織が非合法化された。

共産党に乗っ取られた共和国政府は、ファシスト・フランコに対していちばん最初に立ち上がったアナーキスト系の労働者やPOUMの労働者に対して、フランコのスパイだの、トロッキスト、ナチスのスパイなどと中傷、次に警察によって根こそぎ逮捕・拷問・処刑が行われたのである。(ソ連からやってきたGPUのメンバーが陰湿な秘密警察のやり口を持ち込んだ。POUMの指導者だったアンドレウ・ニンは拉致されて、行くえ不明となり、のちにバラバラ死体として発見された)

二重の内戦!

ジョージ・オーウェルの「1984」「動物農場」などの後の作品の出発点となった本といえる。






2018/10/11

ジョージ・オーウェルが、スペイン戦争のなかでみた唯一の救いは「水晶の精神」を持った無名の義勇兵の存在だった!


ジョージ・オーウェルの有名な「カタロニア讃歌」は、あるイタリア人義勇兵に出会った時のエピソードから始まる。


義勇軍 に 入隊 する 前日、 私 は バルセロナ の レーニン 兵営 で、 イタリア 人 義勇兵 が ひとり、 将校 たち の すわっ た テーブル の 前 に 立っ て いる のを 見かけ た。 二十 五、 六 の たくましい 顔つき の 青年 だっ た。 髪の毛 は 赤み を おび た 黄色 で、 がっしり し た 肩 を もっ て い た。 先 の とがっ た 革 の 帽子 を、 片方 の 眼 が かくれる ほど ぐいと 引き 曲げ て かぶっ て いる。   こちら から、 あご を 強く 引い た 横顔 が みえる。 彼 は、 将校 の ひとり が テーブル の 上 に 広げ た 地図 を、 途方 に くれ た よう に 顔 を しかめ ながら じっと 見つめ て いる の だっ た。 その 顔 は、 なぜ か 私 を ひどく 感動 さ せ た。 それ は、 友だち の ため なら 喜ん で 人殺し も する し、 命 も 投げ出す、 といった タイプ の 男 の 顔―― アナーキスト( 無政府主義者) に よく ある、 あの タイプ の 顔 だっ た。 もっとも、 ひょっと する と この 男 は 共産主義 者 だっ た かも しれ ない が。 率直 さと 残酷 さ、 それに、 無学 な 連中 が 自分 たち より えらい と 思っ て いる 人 たち に みせる、 あの 痛ましい ほどの 尊敬 の 念 の まじっ た 顔 だっ た。 み た ところ、 奴さん、 地図 が チンプンカンプン なの らしい。 どうやら、 地図 読み なんて 頭 を 使う 大した 芸当 とでも 思いこん で いる 様子 で ある。 なぜ か 知ら ない が、 私 が こんなに ひと目 で 好き に なっ て しまっ た 人―― 好き に なっ て しまっ た 男、 という 意味 だ が―― に 出会っ た のは、 ほとんど それ が 初めて だっ た。 彼ら が テーブル を 囲ん で しゃべっ て いる うち に、 何 かの はずみ で 私 が 外国人 で ある こと が わかっ た。 する と、 その イタリア 人 は 顔 を あげ て 早口 で きい た。 「イタリア 人 か?」   私 は へた な スペイン 語 で 答え た。「 いや、 イギリス 人 だ。 君 は?」
「イタリア 人 だ」   われわれ が 部屋 を 出る とき、 彼 は 部屋 の 向かい側 から つかつか と 歩い て 来 て、 私 の 手 を いきなり ぎゅっと 握りしめ た。 はじめて 会っ た 人 に こんな 愛情 を 感じる なんて、 ふしぎ だ なあ!   それ こそ、 まるで、 彼 の 魂 と 私 の 魂 が 一瞬、 言葉 や 伝統 の 障害 を 飛び越え て ぶつかり 合い、 ぴったり と ひとつ に とけ 合っ た みたい だっ た。 私 は、 彼 の ほう でも、 同じ よう な 好意 を 私 に 感じ て くれ た もの と 思っ た。

ジョージ・オーウェル. 「カタロニア讃歌 」の冒頭より




オーウェルには、スペイン戦争後に書かれた「スペイン戦争を振り返って」という小論がある。
そのなかで、スペイン戦争とはいったい何だったのか、をいろんな問題点をあげて問いただしている。

そして、「カタロニア讃歌」の冒頭で記した、あのイタリア人の義勇兵に触れて、彼のような存在こそが、ヨーロッパの労働者階級の最良の模範であり、圧殺された無数のひとたちの声を代弁しており、スペイン戦争の本質そのものを表象しているのだと述べている。


この ひとり の 男 が どの よう な 結末 を 迎え た のかを 考える と いくら かの 胸 の 痛み を 感じ ず には い られ ない。 彼 と 出会っ た のは レーニン 兵舎 だっ た から、 彼 は おそらく トロツキスト か 無政府主義者 だっ た はず だ。 現代 における 特異 な 状況 では こうした 種類 の 人々 は 普通、 ゲシュタポ では なく GPU によって 殺さ れる の だ。 しかし それ は 長期 的 視点 に 立っ た 争点 に 影響 を 与える こと は ない。 ほんの 一、 二分 しか 見 て い ない この 男 の 顔 は、 この 戦争 が 本当は 何 を 争っ て いる もの なのか について の 一種 の 視覚 的 メモ として 私 の 中 に 残っ て いる の だ。 私 にとって 彼 が 象徴 する のは ヨーロッパ の 労働 階級 の 最良 の 模範、 あらゆる 国々 の 警察 によって 責め立て られる 者 たち、 スペイン の 戦場 に ある 集合 墓地 に 埋め られ た 人々、 そして 現在 において は 強制収容所 で 朽ち果て つつ ある 数 百万 の 人々 の 声 なの だ。

ジョージ・オーウェル. 「オーウェル評論集5: 鯨の腹の中で」収載の「スペイン戦争を振り返ってより」より抜粋


(注)上の文章のなかのGPU(ゲーペーウー)とは、ソ連の秘密警察のことで、ここでは、スターリニストソ連の影響下にあったスペイン共産党によってクーデター的に乗っ取られた共和国政府の「治安秘密警察」を指す。共産党以外の無数の反フランコ義勇軍兵士(POUMやアナーキスト系の兵士)たちが、突如逮捕され、拷問を受けて虐殺された。


オーウェルは、この、非共産党系の義勇兵であったために、おそらく秘密警察に殺されたであろうイタリア人の義勇兵へ「レクイエム」を捧げた。
彼のことを「水晶の精神」を持った人物として讃えている。


イタリア 人 兵士 は 私 の 手 を 握っ た
衛兵 の 詰め所 の テーブル の 横 で
力強く も 繊細 な 手 だっ た
実に 有能 な 者 の 手
銃声 の 中 の 出会い
しかし、 ああ!   なんと いう 心 の 安らぎ
彼 の 傷 だらけ の 顔 を 見つめる
どんな 女 よりも 無垢 だっ た!

私 の 口 から 飛び出す 腐っ た 言葉 にも
彼 の 耳 は 清い まま だっ た
私 が 本 から ゆっくり と 学ん で き た こと も
彼 には 生まれつき 知っ て い た こと だっ た

銃 が 信用 なら ない のは わかり きっ た こと で
私 たち は 二人 とも それ を 受け入れ て い た
しかし 私 の 手 に し た まがい物 の 金塊 は 本当に 金 で でき て い た の だ……
ああ!   誰 が そんな こと を 想像 し た だろ う?

君 に 幸 あら ん こと を、 イタリア 人 兵士 よ!
しかし 勇敢 で あろ う と 必ずしも 幸運 は 手 に 入ら ず
世界 は 君 に 何 を 返す だろ う?
それ は 決まっ て 与え た もの より 少ない の だ

影 と 亡霊 の あいだ で
白 と 赤 の あいだ で
銃弾 と 嘘 の あいだ で
どこ に 頭 を 隠せる だろ う?

マニュエル・ゴンザレス は どこ に?
ペドロ・アギラル は どこ に?
ラモン・フェネロッサ は どこ に?
彼ら の 場所 を 知る のは ミミズ だけ

骨 が 乾く 前 に その 名 と 行い は 忘れ去ら れ た
君 を 殺し た 嘘 は
さらなる 嘘 の 下 に 埋め 隠さ れる

しかし 私 が 君 の 顔 に 見 た もの は
どんな 権力 も 奪う こと の でき ない もの
どんな 爆弾 も 決して 砕く こと の でき ない
水晶 の 精神

ジョージ・オーウェル著「オーウェル評論集5: 鯨の腹の中で 」収載の「スペイン戦争を振り返って」より抜粋



(注)マニュエル・ゴンザレス 、ペドロ・アギラル 、ラモン・フェネロッサ は、ジョージ・オーウェルと同じ義勇軍部隊にいた顔見知りのスペイン人。彼らもPOUM(統一マルキスト労働党 )の義勇兵だったので、おそらく共産党支配下の共和国の秘密警察の手にかかって殺されたはずである。









ちょっと変わった「鶏肉と里芋の煮物」


20181010里芋と鶏肉の煮物


変わったレシピを見るとどんな味になるんだろう、と興味をかき立てられ作りたくなる。
ということでやってみた。

どこが変わっているかというと、ニンニクで鶏肉を炒めていること、とオイスターソースをみりん代わりに使っていることである。

若者向きかな・・・


レシピは下記のとおり

鶏肉と里芋の煮物
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2018/10/12

今日はヒスパニックの日(Día de la Hispanidad)という祝日だった

今日、10月12日は、1492年のこの日にコロンブスが率いる探検隊が、西インド諸島のバハマのグアナハニ島(Guanahani)にたどり着いた日である。

特にグラナダは、コロンブスが当時グラナダ近郊に滞在中のイザベル女王から、直々に、新大陸への航海への認可の書状をもらったこともあり、盛大なお祭りが催されていた。

ということなら理解できるのだが・・・

どうやら、別の意味があるようだった。


なぜか、狭い路地を「聖母」を載せた山車が練り歩いていた。
なんでやねん?
コロンブスと聖母ってなんの関係があるの?


20181012コロンブス・デー1




コロンブス・デー2




画像が白くなっているのは、紙ローソクの煙のため。

コロンブス・デー3




後でわかったのだが、この日は「ピラールの聖母」の記念日でもあるので、この山車が持ち出されているようだ。

コロンブス・デー4



ジジイはあまりよく理解できていないので、ネットで調べたら、下記の記事を見つけた。



なぜ10月12日に開催するのでしょうか?

クリストバル・コロンが1492年10月12日にグアナニ島に到着。


1892年マリア・クリスティーナ女王統治時代にアメリカ大陸発見400周年記念として祝日に設定。


その後1987年スペインの日として正式に制定された。 「10月12日という日を設定したのは、この日から、多くの政治・文化が一人の王の元でまとまり、欧州の領域を超えて文化的・言語的に世界へ影響を与えていった、スペイン国で歴史的な出来事が起こった象徴的な日だからです。」


つまり、コロンブスがアメリカ大陸を発見した日及び、アラゴン州サラゴサ市で聖ピラールが生きながらにして聖人になった日でもあり、スペインにとっては重要な日として認識されています。


国家の日?もしくはスペイン人の日?

10月12日はスペイン民族の日(Día de la Hispanidad)として知られています。 このスペイン民族の日として認識された背景には、南米諸国がこの日を祝日として設定していたため。 また、1987年にスペインの日として正式に制定した際、「スペイン民族」に関しては触れられていませんでした。


しかし、それ以前の1981年までは(フランコ独裁政権終了までは)民族の日(Día de Raza)と制定されており、その後”スペインの日とスペイン系文化の日”(Fiesta Nacional de España y Día dela Hispanidad)として、1986年まで制定されていました。


では、民族の日とはどこから来たのかというと、1913年に元マドリード市長、元大臣でイベロ・アメリカーナ協会ロドリゲス・サン・ペドロ会長が、南米を含む”スペイン語を話すすべての国”でこの日を祝おうという運動の元、制定されました。


その後、アルゼンチンやニカラグアなどの国が民族の日を祝日として制定したものの、その後アルゼンチンでは「多様文化尊重の日」、ニカラグアでは「先住民族抵抗の日」と名称が変更されました。




ニカラグアでの「先住民族抵抗の日」(‘Día de la Resistencia Indígena’)という.のが、コロンブス以後のラテン・アメリカの先住民のインディオの受難の歴史を知ると、もっともふさわしく思える。

かつてベネゼラのチャベスが、当時のスペイン首相の「サパテーロ」に、スペインの植民地支配のことを非難をしたら、同席していた現国王の父親のファン・カルロス国王(当時)が「うるさい、黙れ!」とチャベスに怒鳴って、大揉めになったことがある。

スペイン人の心の中にあるラテンアメリカ諸国への「植民地主義者」「旧宗主国」意識というものは、なかなか払拭できていないというエピソードである。

「ヒスパニック」という表現にも、そういった意味が込められているような気がしてならない。

今日の祝日は、そういう意味では、
「ラテンアメリカ」と旧宗主国の「スペイン」を不可侵の神的存在である「聖母」で繋いだというふうにとられなくもない。



以下は参考までに・・・

上の囲み記事について詳しくはこちらから・・・

10月12日はスペインの日 “ヒスパニック・デー”
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「ピラールの聖母」についてのWikipedeaの記事。

ピラールの聖母
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