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2018/11/01

謎のキノコの正体が判明!



20181031これで800円とはちと高いね

食べていて、それがどういう名前のキノコなのかも知らないって問題ですよね。(笑)

すると、今朝、ブログを読んだ友人からメールがきた。

さて今日のブログのきのこの写真を見ました.分類、同定の専門家に見せていませんが、ポルチーニだと思います.日本ではヤマドリタケもしくはヤマドリタケモド(こちらがポルチーニはより似ているらしい)といいます.きのこの裏がエリンギはヒダ、こちらは管口といって穴があいている.



そうか、ポルチーニというんだ!
八百屋のオヤジがいったボルチンかポルチンか、よく聞こえなかったが、どうやらポルチンといったようだ。今度確かめてみよう。


ポルチーニ
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昨晩は、このキノコとニスカロでパスタを作った。
この時点では、謎のキノコだった。

20181031ポルチーニ入りのキノコ・パスタ




今日はキノコをたっぷり使ったすき焼きを作った。
ポルチーニ、ニスカロ、マイタケ、シイタケの4種類のキノコ。

201811014しゅるいのキノコを使ったすき焼き1





201811014種類のキノコ入りのすき焼き2

ポルチーニだが、コシがある。
味は取り立てて、特徴があるとは思えなかった。
(そういう点では、あのなんとも言えない匂いと味のする「マツタケ」をキノコ好きのスペイン人に食べさせてみたい!)
このキノコは、スペイン人の調理法のニンニク・ソテーにすると美味しいと思う。


2018/11/02

こんどは、こんなキノコに遭遇・・・

市場の前の「アルプハーラ八百屋」でお兄ちゃんが得意そうに見せてくれたキノコ。
「これ最高の品だよ!」
「なんていう名前?」
「・・・」
アマリージャとかアマリー・・・と言っていたのだが、聞き取れない。
「いくらなの?」
「キロで70ユーロ=9000円」
「ええっ!」と絶句。

20181102こんなキノコ?

家に帰ってネットにあったスペイン語のキノコ図鑑で調べた。

するとこれとそっくりの写真を見つけた。

amanita caesare

そこには「Amanita caesare」と書かれているではないか。

そういや、八百屋のにいちゃんも「アマ・・・」と言っていた。

「アマニータ・カエサレ」

これの和名は「セイヨウタマゴタケ」というそうだ。

そういや、卵に包まれているように見える。

セイヨウタマゴタケ

Amanita caesarea
セイヨウタマゴタケ(西洋卵茸、Amanita caesarea(Scop.:Fr.)Pers.)はハラタケ目テングタケ科テングタケ属テングタケ亜属タマゴタケ節のキノコ。秋にブナ科の森林下に発生する。日本では極めて稀で、ほとんど見つかっていない。帰化した可能性もある。菌根菌で傘は赤から橙色で周辺に溝線がある。ひだは黄色。柄は黄色で中空。つばとつぼがある。タマゴタケに似ているが、タマゴタケは柄にだんだら模様があるので区別できる。食用。

類似の「タマゴダケモドキ」は猛毒。ウィキペディアから抜粋











徴用工判決について

強制労働と麻生一族

副総理兼財務相の曽祖父である麻生太吉が作った、麻生炭鉱には当時朝鮮人7996人が連行されて行き56人が亡くなった。7996人は日本の単一企業に強制労働に行った中では最大規模だ。

「麻生炭鉱で一日12時間の切羽労働…死ぬほどむち打ちも
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日韓条約と被害者個人の救済

軍事独裁政権と結んだ「日韓条約」は、個人の被害を救済するものではなかったのだ。
そのことは、日本政府も十分承知していたのである。(政府の答弁の議事録が残っている)
そして、個人との和解の動きがあったのだが、安倍政権がそれを潰していたのである。


◎植民地主義的傲岸不遜と官製ヘイト煽動そして『月』
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僕も辺見さんと同じように「日韓条約」反対デモに参加、なんどかデモにいくうちにデモ隊を指揮したとして「公安条例違反」とかで逮捕されたことを思い出した。



徴用工判決ヒステリーの日本マスコミが触れない事実…安倍政権が新日鉄住金に圧力をかけ“和解”を潰していた!
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民族と被害  再び
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2018/11/03

梅安亭は「あかんやつ」を提供しています。(笑)

メニューの記載「あかんやつ」 生レバー提供容疑で逮捕
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「あかんやつ」=「ダメなやつ・お上から禁止されているやつ」っていう感じで使っているのだが、ここが関西人の面白いところで、逮捕されると「あかんやつ」は「生はあかん」「焼かないとあかんやつ」という意味だと言いのがれている。オモロっ!(笑)




スペインでは新鮮なレバーが簡単に手に入る。

ということで、梅安亭では時々「レバ刺し」を提供している。

20181103牛レバー




牛レバー刺し
タレはごま油に塩を加えただけ。

20181103牛レバー刺し






「たまり醤油漬け」もどき
沢庵を食べたいと思って、中華食材店で買ってきた。

20181103沢庵を買った




ところが、これがやたら甘くて、とてもじゃないが、食べられたものじゃない。
そこで、ひと工夫。
醤油に漬け込んだ。

20181103やたら甘いので、醤油に漬け込んだ




たまり醤油漬けもどき
一晩寝かせたら、こんな感じ。
これ、やたらうまい!

20181103たまり漬けもどきが完成!






2018/11/05

再生エネルギーを、電力会社を外して、独自にネットワーク化することが必要だ!


<原発のない国へ 全域停電に学ぶ> (2)稚内 再生エネ生かせず
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原子力ムラの息がかかった電力会社は、再生エネルギーを目の敵にしているのは、太陽光発電の買い取り価格の引き下げや配送電負担金の増額などの動きで明らかだ。
そうした動きに対して、今後、上記の記事に書かれているような「新たな動き」が進むことにわずかな希望を見出す。




元「国策民営」だった各電力会社は「再生エネルギーの開発・利用」を阻む「原発営利追求・反国策主義」の立場から「電力産業の21世紀的な再生エネ化」を遅延させ妨害している
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乾も柴崎もでない週末のサッカー・・・


柴崎、ベンチ入りも出番なし 乾はベンチ外
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柴崎はベンチにいたが、出番なし。
そして、乾はベンチ外。
こちらは、もしかしたら、先日の国王杯での対ラシン・サンタンデール戦で負傷した後遺症が原因かもしれない。
どちらにしても、ふたりの置かれている状況がピンチである。
週末のサッカーが楽しみの自分にとっては、なんとも気がかりな事態である。


乾の応援メニューにフライを作った


オクラ、レンコン、豚のヒレ肉のフライ。
せっかく作ったのに、乾はベンチ外。
がっかりした。
まるで、悪女の深情けではないか・・・(笑)

20181104乾の応援メニュー








2018/11/06

鮟鱇鍋!

スーパー「アル・カンポ」で、鮟鱇(アンコウ)を買った。
頭を落とした残りを1尾単位で売っている。キロが25ユーロ=3250円なり。

20181106アンコウを買った

なるべく小さいのを選んで買った。
これで550グラム。1780円なり。

20181106これで1700円なり


ひとりでこんな量は食べられないので、200グラムほどとりわけた。

20181106アンコウの一部



6日のお昼は、今年初の「鮟鱇鍋」とあいなった。

20181106アンコウ鍋


もちろん締めは雑炊。(写真は撮り忘れた!)


ごちそうさんでした。
2018/11/07

「チャタレー夫人の恋人」と「ウィガン波止場への道」

先日読んだジョージ・オーウェルの「ウィガン波止場への道」と、この「チャタレー夫人の恋人」の舞台が重なっているので、読んでみることにした。


チャタレイ夫人の恋人 伊藤整訳


新潮社版
森番のメラーズによって情熱的な性を知ったクリフォード卿夫人――現代の愛の不信を描いて、「チャタレイ裁判」で話題を呼んだ作品。

内容(「BOOK」データベースより)
コンスタンスは炭坑を所有する貴族クリフォード卿と結婚した。しかし夫が戦争で下半身不随となり、夫婦間に性の関係がなくなったため、次第に恐ろしい空虚感にさいなまれるようになる。そしてついに、散歩の途中で出会った森番メラーズと偶然に結ばれてしまう。それは肉体から始まった関係だったが、それゆえ真実の愛となった―。現代の愛への強い不信と魂の真の解放を描いた問題作。発禁から46年、最高裁判決から39年。いま甦る20世紀最高の性愛文学。約80ページ分の削除箇所を完全復活。



ご存知ですか? 3月13日は「チャタレイ裁判」最高裁判決の日です わいせつと芸術、そして伊藤整という文学者
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本当はこの伊藤整訳の新潮社版を読みたかったのだが、電子書籍版がないので、今回は光文社古典新訳のKindle版を買って読んだ。タイトルだが、伊藤整訳では「チャタレイ夫人の恋人」と訳されているが「こちらでは「チャタレー夫人の恋人」となっている。


チャタレー夫人の恋人


あらすじ
炭坑の村を領地に持つ貴族の妻となったコンスタンス・チャタレイ(コニー)だったが、蜜月もわずかなままに、夫のクリフォード・チャタレイ准男爵は陸軍将校として第一次世界大戦に出征、クリフォードは戦傷により下半身不随となり、復員後は2人の間に性の関係が望めなくなる。その後、クリフォードはラグビー邸で暮らしながら作家としてある程度の名声を得るが、コニーは日々の生活に閉塞感を強めていった。

クリフォードは跡継ぎを作るため、コニーに男性と関係を持つよう勧める。その相手の条件とは、同じ社会階級で、子供ができたらすぐに身を引くことができる人物であることだった。コニーは、自分はチャタレイ家を存続させるためだけの物でしかないと嘆く。そんな彼女が恋に落ち男女の仲になったのは、労働者階級出身で、妻に裏切られ別れ、かつて陸軍中尉にまで上り詰めたが上流中流階級の周りになじめず退役し、現在はチャタレイ家の領地で森番をしている男、オリバー・メラーズだった。

メラーズとの秘密の逢瀬を重ね、性による人間性の開放に触れたコニーは、クリフォードとの離婚を望むようになり、姉のヒルダと共にヴェニスを旅行中、メラーズの子供を妊娠していることに気がつく。一方領地では、戻ってきたメラーズの妻が、メラーズとコニーが通じていることに感づき、世間に吹聴して回っていた。メラーズは森番を解雇され、田舎の農場で働くようになる。帰ってきたコニーはクリフォードと面談するが、クリフォードは離婚を承知せず、コニーはラグビーを去ることになった。wikipediaより抜粋







ジジイの雑感・・・思いつくまま

この本を書こうとしたローレンスの当初の狙いとは・・・
情愛小説だの最高の恋愛小説だのという評価が一般的だが、ローレンスは、この小説で当初意図していたのは、自らの出身地であったイギリス中部の炭鉱地帯の悲惨な状況※を描くことだった。(※イギリスの炭鉱労働者の悲惨な状況は、オーウェルの「ウィガン波止場への道」で、詳しく書かれている。)
1926年の炭鉱労働者のストライキなどの背景にあるイギリスの身分社会・階級社会を問題視したのである。第1稿では、階級問題を正面から取り上げた内容だったという。

なぜ、彼がそうした視点に立ったかというのは、彼自身が炭鉱労働者の子供であったという事実からきている。

森番「メラーズ」はローレンスの分身
だと、オーウェルが「ウィガン波止場のへ道」の第Ⅱ部で述べている。

労働者階級の出身でありながら、軍隊では中尉にまでなり中流階級の仲間入りをしたが、馴染めずにその地位を捨てて「森番」をしているメラーズに、同じく労働者階級の子弟でありながら、奨学金をえて大学まで進み、中流階級入りしたローレンスは、自分を重ねているのである。
(ローレンスは、メラーズと同じく夫のある婦人と駆け落ちしている。)

メラーズが「コニー」に打ち明ける自らの主義や主張は、ローレンスの社会観・世界観、そのものだというのである。

そのローレンスの社会観・世界観とは

例えば、ある意味で「男根崇拝」ととられかねない描写や「貴族は『玉なし』」だと侮蔑する発言の中にも、階級社会への指弾の意味を塗り込めているのだ。性的描写を借りながら、それを切り口に階級社会や支配階級への批判を行っているのである。

また、同時に自らの出自である労働者階級にも、その若者たちは、休日になると遊び呆けていて、消費社会にのめり込んでいると批判している。「遊び呆ける」労働者というイメージは、「長距離ランナーの孤独」で知られるアラン・シリトーの「土曜の夜・日曜の朝」という小説に描かれている。ちなみにこのアラン・シリトーも同じく労働者階級の子弟である。(今思うに、この本の訳者である故永川玲二さんに、この辺のことを聞いてみたかった。アラン・シリトーが中流階級の奥さんをもらって、恐妻家になっていたとの話は聞いたが・・・)

「反大量生産・反大量消費」といった「反資本主義」的主張とそれを実践する生き方として、メラーズは清貧さこそが大事だと述べている。そうした意味で「森番」での暮らしは、彼の主張にぴったり沿ったものだったのである。本の最後でコニーに当てた手紙で、薄給で働く自らの農夫としての生活に満足している様子が描かれているが、これこそがローレンスのいう「清貧な暮らし」である。

そうそう、最後に清貧な暮らしの中には、虚飾の愛ではない本物の情愛があるのだそうです。


2018/11/09

シエラ・ネバダの雪を見にアルバイシンの丘を登った

最近は雨が多かったので、シエラ・ネバダの雪はどんな具合だろうと、夕方、サン・ニコラス広場まで見に行った。


サン・ニコラス広場へ向かう坂道(クエスタ・デル・チャビス)だが、最近はバスに乗ってばかりいるので、久しぶりに歩いて登ったら息が切れた。
情けなっ!

20181109クエスタ・デル・チャビス



サン・ニコラス広場から見たシエラ・ネバダ

20181109シェラネバダの雪を見にさんニコラス広場に行った1




20181109シェラネバダの雪を見に行った2


サン・ニコラス広場は観光客がいっぱいで写真を撮れる場所がなかった。
上の2枚は、人の頭越しに背伸びして、なんとか撮ったもの。

20181109サンニコラス広場は人がいっぱいだった。








小田嶋さんのコラム

シャイロックにだってそりゃ無理だ
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いつものように本筋からそれることを書きますが、国連の規定によると、「1年以上にわたる居住国の変更を長期的または恒久移住」している自分も、「移民」なんですよね。恥ずかしながら無自覚でした。

ということは、さておいて、「安い労働力は欲しいが、市民社会には入れない」なんて、そりゃ無理だわな・・・

イラストのなかの「言語明瞭・移民不明」ってうまいですね!




2018/11/11

グラナダFCは今日勝てば、スペイン・リーグ2部で単独首位に立てるチャンス!

グラナダは1部から2部に転落して、はや2年。

昨年は、2部で10位と絶望的な状況になっていました。

ところが、今年は今日の試合前では3位でしたが、試合数が上位の2チームより

ひとつ少ないので、今日勝てば単独1位です。

思った以上に奮闘しています。

今日の相手はヌマンシアで、格下なので勝つチャンスは十分ありました。

しかし、結果は0:0の引き分け。

ヌマンシアは、後半レッドカードを受けた選手がいたので、

グラナダは数的に有利だったのにもかかわらず得点できませんでした。

今日のグラナダは、ゴールを2度決めたのですが、2度とも

オフサイドを取られてしまいました。

イライラは、試合終了後の監督同士の言い争いにまでなっていました。

引き分けで1ポイントをとったので、グラナダは一応首位に立ちましたが、

単独ではありません。

デポルティーボとかマラガとかラス・パルマスなんて、

1部から転落してきた強豪チームが上位でひしめき合っています。

今日、勝っていれば単独首位で、前途有望だったのに・・・残念!



グラナダの試合が終わった時点での成績表

スペイン・リーグ2部の成績表

乾も柴崎も出場機会を失ってしまったので、今は地元愛に生きがいを見出しています。






肉味噌入り味噌ラーメン風パスタ

お昼はこの味噌ラーメン風パスタを食べながら、グラナダを応援していました。

20181111肉味噌入り味噌ラーメン(パスタ)









2018/11/15

辺見庸「月(肉づき)」

辺見庸「月」表紙

内容紹介
「あなた、ひとですか?」
「ひとのこころ、ありますか?」

ベッド上にひとつの“かたまり”として横たわり続けるきーちゃんと、その思念の涯てなき広がりから、ニッポンに巣くう底知れぬ差別、良識をきどった悪意や“浄化”と排除の衝動を射貫く。
「にんげん」現象の今日的破綻と狂気を正視し、この世に蠢く殺意と愛の相克を活写。実際の障がい者19人殺害事件に想を得た、〈存在と無〉の究極を照らしぬく衝撃の傑作!





辺見庸インタビュー
11月5日 日経新聞夕刊の記事より


風邪薬のせいで、なんども眠りに落ちながら、なんとか最後まで読むことができた。
率直な感想としては、たいそうしんどい本である。
なんとも言えないシュールなイメージが飛び交うなかにも、時々、現実のいまの日本の剥き出しの醜い姿が貌をのぞかせる。


話の本筋は、存在論という難解なテーマを「肉に包まれ、目も見えないきーちゃん」とその分身であるアカギアカエさんを通して展開している。
にんげんって一体なんだ?という問いに対して・・・
「にんげんとは最低限の前提も「所与の条件」もあるようで、じつはなんにもない。」というものであると語らせている。

もう一方の主人公である、きーちゃんたちを介護する「さとちゃん」は、ある時から、「にんげんとはどうあるべきか・・・なんてあぶないこと(おそらく、この世でもっとも危険なこと)を考えるようになっていた。」
その思考の結論は、にんげんには、にんげんとそれ以下のにんげんの形をした存在がある、という二分法になり、「にんげん」以下の存在を排除しようということになる。「さとちゃん」は、非常にわかりやすい、裏表のない人格で、その単純さゆえになんの痛痒も感じずに、大量殺人への「合理的動機」を見出して突っ走る。彼は知的障害者福祉施設の襲撃犯として「地上の審判者」になったのである。

最初、出だしを読んで、これはもしかしたらホセ・ドノソの『夜の淫らな鳥」のような視点で展開されるのでは、と思った。
読み進むと、途中からトーンが変わってきたので、その予想は外れていたようだ。

なにはともあれ、この本は、現在の腐臭漂う日本の閉塞状況を読み解くための最高の手引書であることは間違いない。
読み終えた後、しばらく虚脱感に襲われた。

辺見庸は、ひとりめげずに突き進んでいる!

次回作は「老人のテロリスト」が主人公だそうだが、これは僕も前から夢想していることだ。「吉里吉里国」を過激にした本が出来上がることを期待する。