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2018/09/02

シラス干しを作った!

カタクチ鰯の稚魚を買ってきた。

20180901カタクチ鰯の稚魚を買った



塩を入れたお湯で4分ほど茹でた。

20180901カタクチ鰯の稚魚を茹でた



それを2時間ほど干して、完成!

20180901茹でたカタクチ鰯の稚魚を干した



さっそく「パドロンとじゃこの炒め煮」を作った。

20180901パドロンとの炒め煮




友人がサンマの写真を送ってきた。
美味しそう!
「秋刀魚苦いか、しょっぱいか・・・」

初サンマ上野大兄










読み終えた本 川成 洋著「青春のスペイン戦争〜ケンブリッジ大学の義勇兵たち〜」

青春のスペイン戦争〜ケンブリッジ大学の義勇兵たち〜




<スペイン市民戦争とは>

スペイン市民戦争は1936年7月17日から1939年4月1日にかけて、共和国政府軍とフランコ・クーデター軍との間で繰り広げられた戦争。

ドイツのヒットラーとイタリアのムッソリーニの両ファシスト政権は、フランコ・クーデター軍を軍事的に支援する。
一方、英国とフランスは、合法的に選出されたスペイン共和国への支援を拒否し、共和国政府が正規で武器購入することをも結果的に妨害するという「不干渉主義」政策をとった。(イギリス挙国内閣には労働党も参加していた。フランスの場合は、なんと人民戦線内閣である。この本来はスペイン共和国を擁護すべき英仏の政権の裏切りが共和国派には信じられないほどの痛手となった。)
その不干渉主義を推し進めた当時の英国のボルドウィン挙国内閣の主流意見は下記のように冷酷なものであった。
「ファシストとボリシェビキが相互に殺し合うような戦争をすることを希望する」


国際的にスペイン共和国を支援していたのは、ソビエトとメキシコぐらいであった。

そのため、戦局は、圧倒的な軍事力を背景にしたフランコ反乱軍の優勢のうちに展開していたのである。

そうしたスペイン共和国の苦境を知り、55カ国から4万人にのぼる人々が、共和国政府の擁護のために、義勇兵としてスペインの地に足を運んだ。(スペインの共和国派にシンパシーを抱いて、スペインに潜入した著名人はたくさんいる。ジョージ・オーウェル、ヘミングウエイ、アンドレ・マルロー、サン=テグジュペリ、アーサー・ケストラー、ドス・パソス、シモーヌ・ベェイユ、ロバートキャパなど、あげたらキリがないほどの人たちがかけつけている)

イギリスからも義勇軍、医療班としてスペインの戦場に渡る若者たちがいた。
その数は2000人ぐらいだったという。

この本では、ケンブリッジ大学からスペイン市民戦争に参加した6人の若者の足跡を追っている。


(そのうちの最後の人は、フランコ側について戦った人間である。
国際義勇軍という観点からは、この人は別にいらなかったのでは、ないか・・・)

なぜ、著者がケンブリッジ大学を選んだのかはわからないままだった。
あえて、推測するに、オックスフォード大学の学生でも良かったのだが、著者がケンブリッジ大学に留学していた関係上、市民戦争参加者やその資料に接触できたのが、その第一の理由なのだろう。
もう一つの理由は、イギリス国内で、右翼との乱闘騒ぎがあった時に、オックスフォードの学生はさっと身を隠すのだが、ケンブリッジの学生は、正面から右翼と渡り合っていたというエピソードを紹介していることから察するに、ケンブリッジ大学の学生の方が、オックスフォードの学生よりもいい意味で「直情径行的」なことも、その理由の一つだったのかもしれない。

そうはいっても、ケンブリッジ大学という、良家の子弟が通ったエリート校出身者たちが、やむにやまれぬ悲憤から、自らの信念に身命を賭した貴重な記録であることには違いない。

いつものように話がそれるが・・・・
こうした良家出身のエリートとは無縁の日本人義勇軍兵・ジャンク白井のことにそっと触れられている。
本書で2番目に登場するジュリアン・ベルが戦死したのと同じブルネテ村近郊のビジャ・ヌエバ・デ・ラ・カニャアーダ村で、そのジャック白井も戦死している。(昔、石垣綾子さんの『スペインで戦った日本人』 を読んだことがある)
この本の著者の川成洋さんも「スペイン戦争〜ジャック白井と国際旅団」という本を出されているようだ。
こんど、読んでみよう。


僕には、最近の国際情勢をみていると、今が、あの「戦間期」と呼ばれた第一次と第二次世界大戦の間の動きとよく似てきたような気がしてならないのである。





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