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2018/10/12

今日はヒスパニックの日(Día de la Hispanidad)という祝日だった

今日、10月12日は、1492年のこの日にコロンブスが率いる探検隊が、西インド諸島のバハマのグアナハニ島(Guanahani)にたどり着いた日である。

特にグラナダは、コロンブスが当時グラナダ近郊に滞在中のイザベル女王から、直々に、新大陸への航海への認可の書状をもらったこともあり、盛大なお祭りが催されていた。

ということなら理解できるのだが・・・

どうやら、別の意味があるようだった。


なぜか、狭い路地を「聖母」を載せた山車が練り歩いていた。
なんでやねん?
コロンブスと聖母ってなんの関係があるの?


20181012コロンブス・デー1




コロンブス・デー2




画像が白くなっているのは、紙ローソクの煙のため。

コロンブス・デー3




後でわかったのだが、この日は「ピラールの聖母」の記念日でもあるので、この山車が持ち出されているようだ。

コロンブス・デー4



ジジイはあまりよく理解できていないので、ネットで調べたら、下記の記事を見つけた。



なぜ10月12日に開催するのでしょうか?

クリストバル・コロンが1492年10月12日にグアナニ島に到着。


1892年マリア・クリスティーナ女王統治時代にアメリカ大陸発見400周年記念として祝日に設定。


その後1987年スペインの日として正式に制定された。 「10月12日という日を設定したのは、この日から、多くの政治・文化が一人の王の元でまとまり、欧州の領域を超えて文化的・言語的に世界へ影響を与えていった、スペイン国で歴史的な出来事が起こった象徴的な日だからです。」


つまり、コロンブスがアメリカ大陸を発見した日及び、アラゴン州サラゴサ市で聖ピラールが生きながらにして聖人になった日でもあり、スペインにとっては重要な日として認識されています。


国家の日?もしくはスペイン人の日?

10月12日はスペイン民族の日(Día de la Hispanidad)として知られています。 このスペイン民族の日として認識された背景には、南米諸国がこの日を祝日として設定していたため。 また、1987年にスペインの日として正式に制定した際、「スペイン民族」に関しては触れられていませんでした。


しかし、それ以前の1981年までは(フランコ独裁政権終了までは)民族の日(Día de Raza)と制定されており、その後”スペインの日とスペイン系文化の日”(Fiesta Nacional de España y Día dela Hispanidad)として、1986年まで制定されていました。


では、民族の日とはどこから来たのかというと、1913年に元マドリード市長、元大臣でイベロ・アメリカーナ協会ロドリゲス・サン・ペドロ会長が、南米を含む”スペイン語を話すすべての国”でこの日を祝おうという運動の元、制定されました。


その後、アルゼンチンやニカラグアなどの国が民族の日を祝日として制定したものの、その後アルゼンチンでは「多様文化尊重の日」、ニカラグアでは「先住民族抵抗の日」と名称が変更されました。




ニカラグアでの「先住民族抵抗の日」(‘Día de la Resistencia Indígena’)という.のが、コロンブス以後のラテン・アメリカの先住民のインディオの受難の歴史を知ると、もっともふさわしく思える。

かつてベネゼラのチャベスが、当時のスペイン首相の「サパテーロ」に、スペインの植民地支配のことを非難をしたら、同席していた現国王の父親のファン・カルロス国王(当時)が「うるさい、黙れ!」とチャベスに怒鳴って、大揉めになったことがある。

スペイン人の心の中にあるラテンアメリカ諸国への「植民地主義者」「旧宗主国」意識というものは、なかなか払拭できていないというエピソードである。

「ヒスパニック」という表現にも、そういった意味が込められているような気がしてならない。

今日の祝日は、そういう意味では、
「ラテンアメリカ」と旧宗主国の「スペイン」を不可侵の神的存在である「聖母」で繋いだというふうにとられなくもない。



以下は参考までに・・・

上の囲み記事について詳しくはこちらから・・・

10月12日はスペインの日 “ヒスパニック・デー”
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「ピラールの聖母」についてのWikipedeaの記事。

ピラールの聖母
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